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2008/06/17

ヘイトカルチャーということ

小谷野敦の書物を、どれだけ理解しているか解りませんが、何冊か読んでいます。
ファンであります。そして、小谷野敦のはてなダイアリー「猫を償うに猫をもってせよ」を時々拝見しています。6月15日の日記に、桜庭一樹『私の男』への言及があって、私も読んだ本だから、ちょっと嬉しかったです。

私はそのくだりは忘れてしまっていたのですが、腐野花の婚約者・尾崎美郎が花の養父・腐野淳悟と初めて会う時、丸の内界隈で路上喫煙している淳悟にあきれるシーンがあったのを紹介していました。

それに対して小谷野敦は

それにしても、夜の千代田区辺でタバコを吸うくらいであきれる男なんて、いるのだろうか。いるとしたらかなりの単細胞だが、桜庭が、この男をそういう男として描いたのなら、まあ仕方がない。

とお書きになっていました。

いや、いるんじゃないかと私は思います。かなりの単細胞じゃなくても。

嫌煙者の喫煙者に対する感情は、残念ながらヘイトカルチャーに達しているような気がします。ネット掲示板とかブログでの嫌煙者の喫煙者へ対する剥き出しにされた敵意を見ていても。

人は差別する動物、嫌悪する動物であると思っています。それは人が群れを作って、社会を構成して生きていく生き物であるからの要請であると理解しています。群れの団結を固くするために外部に“敵”を設定し、また、群れの上下関係のために上下意識、差別感情が必要ではなかったのかと。それは社会を安定させる装置として役に立ってきたけれど、でも、それは一方で外部との戦争、内部での差別を生み出してしまって。

でも、おかげさまで差別や敵意はいけないという事も浸透していて。民族差別、障害者差別、部落差別なんかはだいぶ収まってきていて。それはとても良い事だと思っています。
しかし、人は差別する動物、嫌悪する動物である以上、なんらかの新しいターゲットが求められていて。それが喫煙者じゃないかと思ってます。

確かに喫煙者は生まれついたものではなく「やめればいいじゃないか」という物言いができますし。また、副流縁による健康被害説はじゅうぶんに浸透していて、喫煙は当人だけじゃなく周りに被害を及ぼすものという認識もできてますし。また、見る物なら目を逸らすこともできますが、タバコのにおいとか、いやおうなく触れてしまうものですし。だから、喫煙者を差別する、嫌悪するという事は、嫌煙者にとってじゅうぶんに正当化できると信じられるものであり。

だから、喫煙者を身近な差別対象、敵対対象として、嫌煙者にはじゅうぶんな正当性を持って、見ることができる、と。

だから、たとえ、夜の千代田区近辺でも、タバコを吸う人間を見かけて、あきれたり、敵意を持ったりするのも普通の反応じゃないかと思います。煙が来ない状態、来たとしてもかすかに臭う程度の状態でもね。ただ、喫煙者が目に入るだけで。

そして、この先が見えない社会、格差社会、イラついている、ムカついている人も多くて。そのスケープゴートとしての役割も喫煙者は負わされている、と。ヘイトカルチャーの時代かと。つまり、人は、喫煙者を見て敵意が湧くのではなくて、もともと抱え込んでしまっている敵意を正当にぶつける相手として喫煙者を見ている、と、そういう事じゃないかと思ってます。

ま、喫煙者がいなくなったらまた新しい敵意をぶつける相手を人は見つけるんでしょうね。もちろん今でもネット右翼とか、中国や韓国や北朝鮮を罵って溜飲を下げている人たちがいるのですが…。嫌煙者よりネット右翼のほうが厄介かと思っています。

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