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2008/05/01

『誰か夢なき』

『誰か夢なき』(寺山修司:著 立風書房:刊)
先日古書店で全6巻揃いで購入した寺山修司エッセイアンソロジー「寺山修司エッセンス」の第2巻です。読了。
第1巻の『悲しき口笛』の時も書きましたが、本書の奥付によると刊行されたのは1993年、つまり、寺山修司没後10周年にあたって編まれたアンソロジーのようであります。

本シリーズの各巻にはサブタイトルが付けられているのですが。第1巻の『悲しき口笛』には「自伝的エッセイ」。そして本書のサブタイトルは「都会の荒野を生きる」となっています。

内容は競馬エッセイ、寺山修司の持ち馬だったユリシーズのこと、シカゴ在住の「ロスト・ジェネレーション」作家、ネルソン・オルグレンとの交遊録、賭博に関するエッセイ、そして、有名な「サザエさんの性生活」や月光仮面を題材にしたものなどの大衆評論系エッセイ、そして、新宿や浅草の街をモチーフにしたエッセイなどが収められています。

第1巻の『悲しき口笛』の時もそうだったけど。読んだ記憶のあるもの、読んだ記憶のないもの、そして、読んだかどうだか記憶のあわいにあるものがありました。あわいにあるもの、記憶が繋がって、「あ、読んだ」と解るもの。最後まで繋がらず「読んだことないなぁ」となるもの。そして、読み終わっても、読んだかどうだか記憶のあいまいなもの。そのあいまいな感覚がいいかんじでした。

編者は奥付によると白石征とか。調べてみるとこういうページが見つかりました。「寺山の本を作る」ということで出版社に入社。そして、先日野外劇を拝見した藤沢の劇団・遊行舎を主宰されている方であり、寺山修司全集にも関わっていらっしゃるようです。
構成の巧みさも面白く読ませてくれるファクターかと思います。

あ、そうそう。

(ついでにいえば「遊女」の遊は、男女の交わりを「遊び」として付けられた名称ではなく、遊離、遊撃の遊であって、漂泊の意であり、語源は朝鮮語だとされている)(191p「浅草放浪記」)

というくだりを見つけました。これは知らなかったです。

この「寺山修司エッセンス」を購入した古本屋さん、ホームページがあって。で、また掘り出し物がないか時折サイトを拝見していたのですが。どうも売り上げが芳しくないらしくお店を畳むようです。残念です。でも、本書が手に入って、ほんと嬉しかったです。ありがとうございました。

さて、全6巻の2巻目。早くにぜんぶ読み終えるのはもったいないし、いろんな本を読みながら、その隙間にちょっとづつ潜りこませて読もうと思ってます。

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