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2008/05/20

『人間・廃業・宣言』

『人間・廃業・宣言 世紀末映画メッタ斬り』(友成純一:著 洋泉社:刊)
前にちょっと書きましたが、先日高円寺の古本屋さんで購入した本です。読了。
友成純一の小説はいくつか読んでいます。ホラー作家というよりはスプラッタ作家という感じです。人体破壊フェチというか。

『人間・廃業・宣言』というタイトルで思い出すのは、リラダン『未來のイヴ』の主人公・エワルド卿の台詞、「私は人間を辞職する!」です。“三次女”、アリシヤに絶望したエワルド、大発明家エディソンはそんな彼に自分の発明した人造人間ハダリーを贈ろうとします。しかし、人造人間との恋愛は可能かどうか苦悩するエワルド。エディソンはハロルド卿をさまざまに説得します(この問答が本書のほとんどを占めるのですが)。そして、最後、ハダリーとの愛に生きることを決心した、つまり“三次元”を捨て、“二次元”に行くことを決心した彼の宣言がこの台詞ですね。

友成純一もまた“三次元”に絶望した男、本田透が言う意味での“喪男”であるようです。
本書でぽつりぽつりと語られますが、友成純一は、外に女を作って家にいなかった父親との確執の経験があり、また、三度結婚して三度離婚した経験もあるようです。まぁ、三度も結婚できたのですから、かなりのイケメンさんだと思いますが。あたしなんて結婚どころか恋愛経験もかなわないわ…

そして、“三次元”に絶望した友成純一の向かった“二次元”は「映画」であるようです。
その、映画エッセイ。

スプラッタ小説家の友成純一ですから、本書の内容もスプラッタ映画一辺倒かと思っていました。そうじゃありませんでした。いろんな映画が縦横に語られています。

ティム・バートンの映画について描かれたくだりで

これらの作品には、ティム印とでも呼ぼうか、共通する様々な要素が登場する。ブリキ細工を思わせる、ドイツ表現主義的に安っぽい実験室。研究室、そして拷問室。そこではベルト仕掛け、ゼンマイ仕掛け、花火仕掛けで様々な品物が動き続けている。夢の玩具箱だ。
(中略)
男の子ばかりか女の子たちも、ドールハウスを始めとするミニチュア玩具を多く持ち、バッグの中も可愛い宝物の山だ。
(中略)
ティムの映像様式を、ゴシックと呼ぶ人が少なくない。私もそうだと思う。が、ゴシックというと中世的で荘厳で空を突く、異次元の圧倒的なイメージがある。ティムのそれは、もっとマンガ的で、可愛い。ティムのゴシックには、悪魔よりも恐竜の方が似合うのである。…小児病的ゴシック、あえて言うならそんな感じか。(94p)

これは“ゴシック&ロリィタ”感覚かと。ゴシック&ロリィタな女の子がティム・バートンの『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のキャラクターモチーフを着けているのはよく見かけますし。友成純一は『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』が大好きで、よくご覧になっているようです。たぶん、友成純一はゴシック&ロリィタという言葉はご存じないのでしょうが、言葉に頼らないそのぶん、そのエッセンスを言い当てていらっしゃると思います。私は「ゴシック&ロリィタ」という言葉をよく解らないまま振り回していますが…。

塚本晋也の『六月の蛇』に触れて、

表向きは模範的な社会人だが、人間たるもの、そんな立派な代物でいられるわけがない。人間も本性は動物なので、それを道徳と社会規範によって無理やり押え込んでいるが、一歩内面に踏み込むと、とても人には言えないような恥ずかしい妄想や思いが渦巻いている。実はそれこそが生命力であり、人間の行動や思考の源である。それを無視し、ないかのごとくに振舞うことは、人間性の、生命の否定に繋がる。が、模範的な社会人であるためには、これを否定するふりを続けなければならないわけで、その無理な抑圧が旦那の場合は潔癖症などの奇妙な性癖となって発現し、カミさんはオナニーや露骨な衣裳によって発散することになる。(327-328p)

まさにその通り!どんな人間も一皮剥けばグロテスクなカオスが渦巻いていると思います。人間一皮剥けばグロ。ただ私は岸田秀の影響で「人間は本能の壊れた動物」と思っているので、「人間も本性は動物」というのはちょっと違うと思いますが。人間みんなグロなのよ。醜悪なのよ。

自分の記憶をご都合主義に操作することによって原稿を書く私の書き方に対して、平手打ちを食わされた気がした。(304p)

友成純一という人は律儀な方なのだなぁと思いました。うまく説明できないけど、それが、友成純一がスプラッタ作家としての道を歩んでいる理由のような気がしました。
私は寺山修司の「作りかえられない過去なんてない」という言葉の信奉者です。そして、意識下or無意識下を問わず、記憶の改変作業は人にとって自然な営みと思っていますが…

本書『人間・廃業・宣言』は90年代映画をメインに書かれた本。80年代の映画に関しては『内臓幻想』、そして、70年代映画に関しては『暴力/猟奇/名画座』という作品があるようです。書かれた順番は『内臓幻想』、『暴力/猟奇/名画座』、そして本書『人間・廃業・宣言』となるようです。他の2冊も機会があれば拝読したいと思っています。

しかし、ほんと、私はあまり映画を観ないほうと思いますが、映画エッセイを読むのは好きですな。

さて、私もそろそろきっぱりと「人間・廃業・宣言」したいものです。
もう“三次元”はけっして私を幸せにしないと心の底から悟れればいいのですが。あと一歩というところ。そして、“二次元”に行ければいいのですが。まだ“三次元”には未練があるようです。

甘ちゃんですな…。

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