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2008/05/09

『世界の電波男』

『世界の電波男』(本田透:著 三才ブックス:刊)
読了。本田透さんの評論系の著作の最新刊になります。

『電波男』で三次元にはびこる「恋愛資本主義」を喝破し、「萌えることは正しい」と宣言された本田透。そして、『喪男の哲学史』で「哲学は喪男が造り上げてきた」と新解釈で持論を展開され。そして、本書では「“物語”は喪男が創りあげてきた」と語ります。

“喪男”という概念がちょっと難しいのですが。

ウィキペディアによるともともとはネットスラングで「モテない男」らしいです。

さらに、もはやモテたいという気持ちを失っている(あるいははじめから持っていない、異性に絶望しているなど)ことも条件にされつつあり(上掲ページより)

という境地まで達したのが“喪男”。まだモテることに未練がある男は“鯛男”(モテ「たい」男?)と呼ぶそうです。

私はたぶん喪男と鯛男の中間かと。私にとって“恋愛”は自分を苦しめ、相手に迷惑をかけるものに過ぎないと気がつきつつありますが、でも、まだ、心の底から認める勇気はありません。

本田透さんの使う“喪男”は、さらに意味を拡張して。「“三次元”で満たされない者」というような意味で使われているようです。
ただ、“三次元”=“現実”ではありません。

一口に三次元といっても、それはほんとうの「現実」ではない。カントが外部の世界を「モノ自体の世界」と「現象の世界」に分けたように、現実には「生の自然の世界(真の現実)」と「人間が作り出した人工の世界(作り物の現実)」との二つがあり、人間が暮らしている世界とは後者なのだ。この「人間の文明が作った世界」を、俺は「三次元」と呼んでいる。つまり二次元も三次元も脳が造った作り物、仮想世界に過ぎないのだ。(15p)

そう、二次元世界(小説とかアニメとかゲームとかの“物語”世界)も三次元世界も等しく人の造った“虚構”であると。ただ、“三次元”には肉体が人質にとられてる訳だけど。だから、三次元なかりせば二次元もまたあらず。でも、逆に、ただそれだけの違いに過ぎないかと。そう思います。

本田透さんは『なぜケータイ小説は売れるのか』で二次元、つまり“物語”の効用について分析されています。「ケータイ小説の世界なんか、喪男の不倶戴天の敵、DQNの世界の物なのに」と最初は思っていたのですが。

“三次元”で満たされない人々の救済装置として“二次元”は存在している、と。それは喪男でもDQNでも一緒であると。そう理解しています。

残念だけど“三次元”はどんどん自由競争になって行って。“自由競争”は限られたリソースを奪い合う、「少数の勝者」と「多数の敗者」しか生まないシステムであります。だから、三次元に満たされない人間はどんどん増えていって。
そういう意味では喪男もDQNも三次元では満たされないという事においては等しく。
だから、本田透さんはケータイ小説についての本をお書きになったのかと思います。

そして、「物語による救済」とは。

物語(妄想)の最大の機能(目的)とは、「願望を充足させること」というよりはむしろ「願望充足の予感」つまりは「希望」を与えることなのだと。(24p)

人は“希望”なくしては生きられないかと思います。

もちろん、寺山修司が書くように「希望は人間のかかるいちばん重い病気」でもありますが。“三次元”で希望を抱き、裏切られ、また新しい希望を抱き。そして、「満たされないこと」に疲弊していって。そして、それが、人を“鬼畜ルート”に追い込み。つまり積もり積もったルサンチマンが暴力衝動として発動する訳です。小は通り魔殺人から、大はナチスドイツによる大虐殺まで。

その抑止装置としての機能、現実に満たされない人間がまま辿ってしまう“鬼畜ルート”を避け、“萌えルート”に向かわせる機能も二次元にはある訳です。

本書では、物語を、それが与える“希望”によって分類していきます。ぜんぶで8種類しかないとか。そして、そこから本書は古典文学から現代のコミックまで取り上げて、縦横に、“本田節”を展開していきます。その語り口、ドライブ感がいいです。どこまで理解できたかは自信がありませんが…。

例えば、花沢健吾の漫画、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』について書かれた部分、

童貞喪男の田西はヒロインのちはるをちょっぴり女神様的に神聖視していて、ホテルで押し倒してもセックスできない。
一方ヤリチンDQNの青山は、さっさとちはるの処女を奪い、イラマチオを仕込み、バイブで攻めまくって、中出しをして、中絶させて、飽きたらポイ捨てである。
で、どっちの男がちはるに愛されているかというと……言うまでもない。青山だ!なぜなら、青山は「人間・ちはる」自身とつきあっているからだ。それに対して、田西は、ちはるの中に自分の理想とする萌えキャラを投影して幻視しているとも言える。だからちはるは、「君をオモチャにした青山を俺は許さない」とちはるのために立ち上がろうとする田西を心底嫌がるのだ。
(中略)
いいですか。
恋愛資本主義の世界では、女の子に萌えるヤツは、モテないんですよ。
判りますか。
青山みたいに「女は肉便器だ」という「正しい現実を認識」しているヤツが、モテるんですよ。
(324-326p)

ここまで冷静かつ冷酷な指摘は初めてです。たぶんこれが、キモメンである事とともに私が「モテない」理由かと。
けっきょく私は他者を、自分のセカイを、“虚構”(=“物語”)としてしか認識できないのかもしれない。

どのくらい本書を理解できたか私には自信がないし、さわりの紹介しかしていません。
ぜひとも本書を手にとって、実際に読んで頂きたいのですが。

この、自由競争社会はどんどん「少数の勝者」と「多数の敗者」を生み出していて。行き場を失った敗者のルサンチマンはどんどん募っていると思います。それがさまざまな事件に顔を覗かせているかと。社会の狂気はどんどん悪化し、ヘイトカルチャーが幅を利かせてきてると感じます。怖いです。

もう、二次元に行っちゃえばいいじゃない。エコロジーの観点からしても二次元は効率的です。“三次元”の自由競争社会における資源の争奪戦、そして浪費も猖獗を極めておりますし。

そうしなきゃ、この社会、滅びると思いますよ。
滅びてもいいんですけどね…
いや、滅びちゃえ。

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