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2008/03/14

『死想の血統』

『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(樋口ヒロユキ:著 冬弓舎:刊)
読了。ゴシックやゴシック&ロリータの歴史的・内面的な部分での入門書と呼べばいいのかな?「ゴシックファッションが着たい!」というような人向けのファッション的な入門書ではないです。

なんか、ゴシックやゴシック・ロリータ系のイベントによく顔を出してます。「アラモードナイト」とか「東京ダークキャッスル」とか。好きな、あるい は知り合いのミュージシャンとかアーティストさんがご出演というので。思い思いのドレスに身を包んだ女の子たちの姿を愛でながら、「ここは私のいるべき場所 じゃないんだろうなぁ」と痛感しつつ、それでもけっこう楽しく時間を過ごしました。

たぶん、私は彼ら彼女らの“仲間”ではありません。だいたい私は中年の、美形とはかけ離れた、ただのサラリーマンですし。“仲間”になろうと思ってもなれないでしょう。ただ、私は、彼ら彼女ら紡ぎだす世界に惹かれます。
だいたい「ゴシック」「ゴシック&ロリィタ」「ロリィタ」って何でしょう?私にはよく解りません。たぶん、そういうイベントに集う彼ら彼女らはたぶん体で解ってると思いますが。

そういうことをルル書いていると、ある方からお薦めされたのが本書でありました。

この本はゴス好きのビギナーに向けて書かれた本であると同時に、ゴスロリを周りから見て理解不能の烙印を押している「普通の人々」のための本でもある。また、同時にどっぷりゴスにはまっている人、既にアーティストとして活動している人が、「社会の中でゴスはどういう位置を占めているのか」を考える上での、何らかのヒントにもなるはずだ。この本は誰が読んでも構わないし、誰が読んでもきっと何かの役に立つだろう。そんなふうに俺は自負している。(6p「はじめに★怪物の世界地図」より)

この前書きを読んで、買ってよかったと思いました。

第1章は「ゴシック、文化の銃弾」。概説といった部分。日本におけるゴスの現場から始まり、ヨーロッパの歴史を遡り、「ゴシック」の源流をたどり、ふたたび現代へ。
とても解りやすく解説されていて、面白かったです。

第2章は「人形、ひとがたの呪具」。ゴシック・ロリータのアイテムのひとつ、ヲ人形について。
私、ヲ人形の世界もちょっと覗いています。顔見知りの人形作家さんも紹介されていたり。あぁ、この方はこんなバックグラウンドを持っていらした方なのかと改めて驚いたり。
しかし、実はベルメールの写真集も買わなきゃいけないなと思いつつ買えていないのですが。

第3章は「SM、肉体の神学」。ここではSMや身体改造が取り上げられています。キリスト教文化的な「神への挑戦」としてのSM、それの非キリスト教文化の国・日本における受容について。

第4章は「寺山修司、百年の牢獄」。私は寺山修司ファンです。で、寺山修司を追いかけていたら、知らない間にゴシック&ロリィタイベントにいたりして。「何で私がここにいるのだ?」なんて激しく自問自答していましたが。ここにそのミッシング・リンクがありました。
後半は1998年に青森で行われた市外劇「人力飛行機ソロモン」のレポート。これはあとから知って見に行けなかったのが無性に悔しかったので、レポートが読めて嬉しかったです。

第5章は「秘密結社★少女椿団始末記」。丸尾末広原作のミステリアスなアニメ『少女椿』。その上映を目指して樋口ヒロユキさんが立ち上げた秘密結社・少女椿団のお話です。
『少女椿』に関しては私の大好きなバンド・母檸檬さんのお名前もチラリと出てきますし、興味深かったです。
『少女椿』、私は原作は読んだことがあるのですが、アニメ版を見た事は無いです。少女椿関係で動いていらっしゃる?方、母檸檬さんのライブでお見かけした事がありますが。

第6章は「グロテスク、犯される聖処女」。「ゴシック・ロリータの系譜学」と銘打っている本書ですが、ここまではロリィタについてはあまり触れてきませんでした。それを一気に解説するクライマックスとも呼べるべきパートでした。ロリィタドレスに用いられる『不思議の国のアリス』のモチーフの話から始まって、ジョン・テニエルの手になる『不思議の国のアリス』の挿絵、そのグロテスクさから説き起こし、ゴシックにあざなう縄のごとくまとわりつく、もうひとつの系譜、「グロテスク」を紹介し、それがロリィタの系譜に繋がると紹介されています。

もともと西欧的、キリスト教文化的観点からは、「ゴシック」と「ロリィタ」というのは交わらないものという話を読んだことがあります。だから、「ゴシック&ロリィタ」というのは、日本的な、非キリスト教文化圏の感覚が混じったせいによるものだと理解していましたが。どうもそれは違うようです。では、非キリスト教文化圏である日本の感性が、交われぬくびきを解き放ったという言い方もできるのでしょうか。

ざっと本書を紹介しましたが、やっぱりうまく紹介しきれていないような気がします。ゴスとかゴスロリとかに興味のある方は、ゼヒお読みください。

悪と死の装いに自ら身を包むことで、逆に社会の偽善と欺瞞を暴くこと。保守的な感性の中で眠りこける、自称「善良な市民」たちを、恐怖と戦慄の中に叩き込んでみせること。これこそがゴシック文化の醍醐味にほかならないのである。(60p)

まったく私もそう思います。

何度も書いていますが。

人というのはライトサイドとダークサイド、両方持っているものと思います。そしてそのバランスが大切だと思っています。しかし昨今、闇が追いやられ、自称「善良な市民」たちはライトサイドの中で静かに発狂しつつあると思っています。

ダークサイドを否定し、まるで「私はウンコしないもん」とツラリとしている自称「善良な市民」たち。連中の腹の中ではウンコが溜まりまくって強烈な圧力になってるかと。必死になってウンコを我慢して、小刻みに震えながら発狂しつつあると。そして、ウンコを人前でまき散らかしても、「これ、ウンコじゃないもん、正義だもん」とうそぶいたり。
あぁもうなんか、そういう時代になってると痛感しています。

だから、本書をおススメします。読んでみてください。

ただ、本書を読んでもやっぱり私はゴシックとかロリィタとか解ってないような心持ちがしてます。

あと、樋口ヒロユキさんのトークショーが3月22日、朝日カルチャーセンター新宿教室であるようです。詳細はhttp://www.acc-web.co.jp/sinjyuku/0804koza/A0102.htmlまで。
私はこの日も出勤日でいけないのですが…orz.

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