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2008/03/25

沙村広明原画展

という訳で昨日、改めて銀座のヴァニラ画廊へ。沙村広明原画展「娘達への贖罪」を拝見しに。

沙村広明の画集「人でなしの恋」を持っています。その感想は
http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/01/post_d99b.html
に書きましたが。
その原画が展示されているということで拝見してきました。

閉館時間間際に飛び込んだので、ざっと見た限りですが。

原画。もちろん原画のほうが画集よりいい感じなんだけど。むしろ、画的にどうかというよりも、かつて、それに沙村広明が対峙して、描きこんでいったもの、ということの方が心に迫ります。この原画を通して、沙村広明と息遣いを共有したというか。そういう感慨がありました。

展示は画廊の壁にかけられたもの、それとテーブルの上のクリアファイルにも作品がありました。クリアファイルの作品は拝見しながら、なんかの拍子に折れたりしないかと気が気ではなかったです。

各作品にはタイトルがついています。これは画集、『人でなしの恋』には明記されていなかったかな。

『人でなしの恋』の感想の時に書いたけど、この作品群は「責め絵」です。それもシュールの域に達した、“現実”にはありえないほど切り刻まれ、変形させられた女体です。“現実”の“デフォルメ”を超えたという感じで“シュール”です。しかしまた、リアルでもあって。
たとえば、木の太い枝に尻(アナルかヴァギナかは解らないけど)から口まで貫かれた女体。こんなかたちで貫かれているってのは現実にはありえない、シュールだと思います。だいたいこうなれば心臓だって破壊されてるでしょうし、死んでるはずなのに、見開かれた目には光があります。でも、口から飛び出した枝先に引っかかってる肉片はリアルなんですよね。そういうシュールとリアルのせめぎあいです。

鉛筆描き?のモノクロームの作品たち。そのくらいがいいです。
本作は結局ファンタジーだと思うのです。

だから、リアルなカラーイラストだったり、特殊メイクやSFX系のオブジェだったり、あるいはほんとうにそう切り刻まれた女体だったり、それは違うと思うのです。たぶん、そういうのを見ると、私は引くと思います。だいたい私はスプラッタ映画とか苦手です。モノクロのリアルなイラストだから、イマジネーションの世界だから、見ていられるのではと。

だいたい三次女でこのイラストに描かれた世界が似合うくらいの女なんていないと思います。

いや、正直に告白しますが。

沙村広明が描く女性、私のツボにえらくはまります。
昔、面影が沙村広明の描く女性に似た女の子を好きだったこともあります。
もちろん例によって例のごとく、こっぴどく振られちゃいましたがね。
なんていうのかな、ゴスの雰囲気を持っている女性、とでも呼べばいいのかなぁ。
なにかちょっと私の女性の趣味は病的かもしれないとは自認しますが。

この原画展のタイトルは「娘達への贖罪」ですね。どういう意味なんだろう。

“娘達”というのはこの画に描かれている女性は、沙村広明の娘、分身という意味なんでしょうか?
じゃあ、“贖罪”というのはどういう意味なのかなぁ。
娘たちの絵を売る、つまり、手放す、というのが贖罪なのかしら。嫁にやるとか?
彼女たちを責めさいなんだ沙村広明の手元から離れる。
でも、絵の中の彼女たちは、誰の手元にあってもずっと絵の中で責めさいなまれているままだけど。

沙村広明は真性のサディストではない?絵の中で責めさいなまれ、切り刻まれている少女達はむしろ沙村広明の分身なのかしら。“娘”と呼んでいるし。ある種の仮想的自傷行為なのかなぁ。どうなんだろう。

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