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2007/11/18

国際寺山修司学会・早稲田篇

という訳で昨日は久しぶりに早稲田大学へ、国際寺山修司学会早稲田篇。
詳細はhttp://www.waseda.jp/cac/pf125_20071116.htmにて。

まず、寺山修司最後の映画『さらば箱舟』の上映。
『日本映画データベース』によるスタッフ・キャスト表はhttp://www.jmdb.ne.jp/1984/dh003120.htmです。

会場は早稲田大学大隈講堂小講堂。大隈講堂前には黒マントの男と頭を包帯でグルグル巻きにしたセーラー服姿の少女たち。なんとびっくりA・P・B Tokyoさんたちでした。顔見知りの人もいましたよ。
そして小講堂へ降りていって、お客さんはけっこう入っていました。最終的には7~8割の入りでしょうか。

HDSRデジタル上映とか。どういう方式かちょっと解らないのですが。HDというからにはHigh Definition、つまり高解像度という事になるのかな?SRがどういう意味かは解らないのですが…。フィルムをデジタル化するなんかの方式の一種になるのでしょうか。確かに観ていて走査線が見えたりということはありませんでした。早稲田大学工学部で開発された技術、とかだったら面白いんですが。

『さらば箱舟』。大昔、寺山修司展で見たような記憶がありますが、どんな映画だったかは忘れていました。
そのあと、九條今日子さんや田中未知さんの本を読んで、撮影当時のお話を知って。寺山修司の体調も思わしくなく、そして、逼迫するスケジュール・予算をおして続けられた撮影。

う~ん、低レベルの理解かもしれませんが、ポストモダン的に読み解けば。
(以下ネタバレゾーンにつき注意)

舞台はどこか南にある、海沿いのいまだ文明の届かぬ村(ロケ地は沖縄だそうですが)。村の当主(原田芳雄)の幼いころ、村の時計はすべて盗まれ、時計は当主の家にひとつだけ。

時計は“近代”(モダン)という「大きな物語」の暗喩、近代化という流れと考えれば。
そして、「近代化」という「大きな物語」の影には、それに乗れなかった、疎外された人たちも生まれて。
それがこの映画では捨吉(山崎努)とスエ(小川真由美)。ふたりはいとこ同士の結婚という村のタブーを犯して夫婦になるんだけど。その罰としてスエの股間には大きな貞操帯がはめられてしまって。

ここで面白いのが、村の人々には、ふたりがまぐわえないのが捨吉の性的不能によるものと話がすりかえられてるって事。つまり、モダンにおいて疎外された人 たち、彼らはモダンによって疎外されたのに、自分の落ち度のせいで疎外されてるってモダンの側、つまり、“普通”の人たちの側からは見られてる。

祭の日、当主にまた性的不能をからかわれた捨吉は、思い余って当主を刺し殺します。当主を刺し殺した捨吉は、当主の幻影を見るようになります。また、もの の名前を忘れ、次いでものの意味さえ忘れ。彼は“モダン”によって疎外された存在ですが、しかし、彼もまた自分を疎外した“モダン”によって意味を与えられていた存在かもしれません。

ある日、時計売りがやってきて、捨吉も自分の家に時計が持てます。しかし、彼が独自に時計を持っていることに反感を覚えた村人たちに襲われ捨吉は殺されますが…。
しかし、時代の流れは、それぞれの家に時計があるのが当たり前になってしまって。つまり、ポストモダンで言う「大きい物語」の終焉と「小さな物語」の誕生でしょうか。それに対抗するために当主の家はたくさんの柱時計を買い込むのだけど、時流に抗うすべもなく、村は求心力を失い、村人たちは文明化された隣町へ流出してしまい、村は滅びる、と。

こう読み解いてみましたが、どうかしら?また、アメリカ合衆国のグローバリズムになぞらえるのも面白い読み解き方かと思います。

学生役で天井棧敷団員であり、元・万有引力の根本豊さんがご出演でした、万有を退団されてほんとうにさみしいです。あと、本作の公開は寺山修司没後なのですが、エンディングクレジットによると既に九條“今日子”さんになってます。

上映が終わり、トークショー。天井棧敷に在籍していらっしゃった早稲田大学の安藤紘平さんを司会に、かつて寺山修司とお仕事をされ、寺山修司と九條さんとの仲を取り持った篠田正浩監督、九條今日子さん、萩原朔美さん、榎本了壱さん、のご出演で。これもたっぷりで楽しかったです。

それから国際寺山修司学会の清水先生にご挨拶して、打ち上げにちょっと混ぜて頂きました。トークショーの皆さんに加えて、そうそうたる顔ぶれでドギマギしました。え~~ん、また雑魚のトト混じりであります。私でも何かお役に立てることがあればいいのですが…。

という方向で。

そうですね、高校時代、もう二十何年か前に寺山修司に出会って。
それから99年、駅でふと見かけたポスターに誘われて観に行った、演劇実験室◎万有引力の百年気球ラビリュントス、それから万有のお芝居を観に行くようになって。
で、万有のお芝居で紹介されて、色々迷ったけど参加したテラヤマバスツアー、その主催の月刊テラヤマ新聞の皆さんとの出会い。
そして、今回の皆さんとの出会いが、また私の辿ってきた人生のひとつの結節点になったかと思います。

さて、どうなるのかなぁ。寺山修司が亡くなったのと同じ歳もいよいよ近づきつつありますけど。

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コメント

私もブログ書いています。よろしくお願いします。

投稿: ずーさん | 2007/11/18 15:02

◎ずーさん様
どちらでお会いした方か思い出せませんが…。
ごめんなさい。

奥多摩はキャンプとかバーベキューをした事があります。またゆっくり行きたいと思っている場所です。紅葉はそろそろ終わりでしょうか。

投稿: BUFF | 2007/11/19 12:25

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