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2007/09/30

『市街劇ノック』

昨日は高円寺の前衛派珈琲処Matching Moleさんへ、かわなかのぶひろ先生の上映会を観にいきました。

当日のプログラムは
アニメーション百科デジタル(IKIF/2006~/ビデオ/3分)
しあわせ(徳本直之&鎌田綾/2007/DV/約24分)
市街劇ノック(かわなかのぶひろ・他/2007/ビデオ/60分)
でした。

会場のMatching Mole、高円寺駅南口からPAL商店街を下ってちょっと脇に入ったところにあるカフェです。珈琲から酒類も供しているみたい。店内では本とかいろいろ陳列されています。販売もやってるみたい。駕籠真太郎グッヅとかもあります。

当日の店内は椅子とかめいっぱいに出して30席くらい。ちょうどいっぱいの入りでした。私が観たのは7時からの回でしたが、3時からの回もあって、そちらも満席だったとか。

最初が『アニメーション百科デジタル』。IKIFさんは男性と女性、おふたりのユニットみたい。
公式サイトはhttp://www.ikifplus.co.jp/です。押井守監督『イノセンス』のCGパートとかも担当されたみたいです。
百科の名の通り、いろんなモチーフ。ケーキの敷き紙?とか、押井守監督の『立喰師列伝』のカットシートとか。

『しあわせ』。当初は15分の尺だったそうですが、当日朝まで編集して24分くらいの尺になったとか。ご出演も製作もおふたり。兄の失踪でひとり残されためしいの兄嫁。その世話で同居することになった弟。弟が次第に兄嫁に惹かれていく様子、その心象風景が描かれています。

さて、『市街劇ノック』。『ノック』は1975年4月19日から30時間に渡り阿佐ヶ谷周辺でくりひろげられた天井棧敷の“市街劇”です。つまり、劇場で行われるのではなく、“市街”でくりひろげられた“劇”。
モノクロヴィデオカメラで撮られた記録映像と、現在の“その場所”の映像を再構成した作品です。

私は、“市街劇”は、寺山修司没後、J・A・シーザーが設立した演劇実験室◎万有引力の市街劇『百年気球メトロポリス』を観ています。厳密には“市街”ではなく、パルテノン多摩の一角の、まぁ、パルテノン多摩とその周辺の公園という閉鎖空間を使った公演だったのですが。それでいっぱつではまって万有引力のお芝居を観るようになりました。

ああほんと、すごいです。想像以上でした。

まず、エリアなんですが。JR阿佐ヶ谷駅周辺、歩いてもそこそこってエリアで行われていたと思っていましたが。当時配られた地図を拝見すると、阿佐ヶ谷駅を基点とすれば南は善福寺川緑地帯あたりまで、。西は阿佐ヶ谷駅の隣駅の荻窪駅まで、歩けば2~30分くらいの距離でしょうか。広大なエリアで展開されています。そのエリアで27の演劇がくりひろげられたようです。自転車がほしいぞ。

地域住民とのかかわり。せいぜい傍観者程度のかかわりと思っていたら。たとえば、お芝居とかかわりのない一般人に「お伺いします」という予告状を、しかも一日一通十日に渡り送りつけて、その上で訪問したり。お年寄りが暮らす家に「ドキュメンタリーを撮ります」とヴィデオカメラを設置しておいて、役者さんがやってきて、おじいちゃんおばあちゃんを巻き込んでお芝居を始めたり。ストーカー行為をしたり。犯罪すれすれっていうか、犯罪行為ですよぉ。私でもお巡りさんを呼ぶかと思います。

また、内容の過激な演目は他にも。観客を箱詰めにして遠くに運んでいって(晴海だったそうですが)置き去りにしたり、目隠しをしたまま5時間都内観光したり。貸切にしてない、普通に営業中の銭湯でお芝居したり。

ほんと、想像以上です。

ある、お芝居をやってるところに入れなかった観客が寺山修司と口論しているシーンも納められていました。(ちなみに天井棧敷では「理論武装」のレッスンもあって、こういう論争にも対応できる体制だったようです)でも、「すべてを観られない」というのも市街劇の興趣かと。

普通のお芝居だと、観客は“神の視点”ですべてを見渡せるわけです。場合によってはほかの登場人物の与り知らぬところまで観たりする事ができるわけです。しかし、市街劇だと、観客はすべてが観られないわけです。そういう意味でも、広大な場所で『ノック』は繰り広げられる必要があったのかと。また、万有なんかでも、劇場に複数の舞台を設け、観客がすべてを見渡せないスタイルの公演をやったりします。それを面白く感じています。「観られなかったこと」もお芝居のうちかと。ザッピング感覚とでも呼ぶべきものもありますね。

しかし、この公演は無許可でゲリラ的にくりひろげられたようです。ほんと、警察を呼ばれてもしかたなかったような…。今現在では到底無理ですな。

でも、思うのは、当時の人のほうが今の人よりも確乎とした“日常”を持っていたのではということです。だから、市街劇に、その、“日常”を脅かすものを受け入れる余裕があったのではないかと。

今の時代のほうが日常自体の“安定性”は優れていると思うのです。“日常”を守るためのシステムは完備していると思うのです。あのころより私たちはずっと豊かになりましたし。ただ、人のこころの中では“日常”は今のほうがずっと不安定と認識されていて。だから、今の人は、さまざまなものに“日常”が脅かされるのに怯えていると思うのです。だから逆にその“日常”を脅かすものにナーヴァスで。だから逆に“日常”を守ることにキュウキュウしていたりしているのではないかと思うのです。

いや。

また『ノック』みたいな市街劇は公演可能でしょうか?

現代だとこういう無許可市街劇は不可能かと。ただ、“お上”に話を通せばできるかもしれないけど。阿佐ヶ谷だと、商店街なら、七夕祭りとか、阿佐ヶ谷ジャズストリートみたいなストリートパフォーマンス的な催しがあるし。ストリートパフォーマンスを受け入れる余地はあると思います。そういう形なら、また市街劇は可能かもしれません。しかし、この『ノック』みたいな野趣あふれる公演は不可能かと思います。

しかし、市街劇、観たいなぁ。

ある日、かわいい女の子がやってきて。「これからあなたが死ぬまで、私があなたの恋人、そして妻を演じます。」っていう市街劇の切符、どっかで売ってないかなぁ。
(結局それかいっ!)

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コメント

こんにちは。はじめまして。

私も寺山修司好きです。
ノックも全部見てみたいです。

最後の”ある日、~”の部分に
異性ながら妙に共感できたので
コメントをさせてもらぃました。

また遊びにきますね-☆

投稿: チルチル | 2008/02/27 22:42

◎チルチル様
初めまして。
チルチルさんがどちらにお住まいかはわかりませんが、いつかご覧になってください。もし上映会とかなさりたいのなら、かわなか先生に相談してみますよ。

しかし、「ノック」はずいぶん広い範囲で行われていて、お芝居を見つけること自体かなり難しかったんではと思います。ぜんぶが観られないこともお芝居の趣向だったかと思います。

ではでは。

投稿: BUFF | 2008/02/28 12:57

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受信: 2009/05/31 17:13

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