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2007/08/23

『寺山修司と生きて』

『寺山修司と生きて』(田中未知:著 新書館:刊)
読了。さて、どう書こうか悩む本ですが…。

ひとことで紹介すれば。「寺山修司の秘書として16年半勤めた田中未知が寺山修司の没後、二十数年の沈黙を破って書いた、寺山修司とともに生きた日々をつづった本」、でしょうか。

本書は6章立てになってます。

第1章は「他者を映し出す鏡」として、田中未知の寺山修司観、寺山修司没後のヨーロッパでの暮らし、そして、寺山修司の評伝に対する違和感、が書かれています。

第2章は「天井桟敷の現場から」として、演劇実験室◎天井桟敷の思い出話。

第3章は「母地獄」として、寺山修司の実母、寺山はつの思い出話。

第4章は「病気を生きる」として、寺山修司の病身の話。

第5章は「最後の映画撮影」として、寺山修司最後の監督作「さらば箱舟」撮影当時の話、そして、最後の主治医だった医師との出会いと関わりなど。

第6章は「寺山修司の死」として、寺山修司最期の日々、1983年4月から5月4日に亡くなるまでの話を中心に。

そういう風に綴られています。

本書を貫くのは田中未知の、16年半寺山修司のそばにつき、寺山修司を支えてきたという強烈な自負、それから寺山修司没後の二十数年の沈黙の重さ、でしょうか。
下世話な話をすれば、寺山修司の最側近だった田中未知のところには、「寺山修司のことを書いてください」というオファーがいくらでもあったと思います。それを拒み続けた上での二十数年間の沈黙だったと思います。

また、16年半にわたり、あるひとりの人物に献身し続けていたということ。本書を拝読するに、寺山修司につきっきりで面倒をみていて、ほとんど自分の事などしている暇などなかったようです。“滅私奉公”という言葉が浮かんできます。
16年半、公私共にあるひとりの人物に奉仕し、そのわがままに付き合う。中小企業のワンマン社長のちょっとしたわがまま、それも勤務時間だけのことだけど、にもブチ切れそうになる私からすれば、信じられない人生です。もちろん、寺山修司という、仕えるに足る人物が相手だったということもあるのでしょうが。

そして、その自負から生まれる強烈な感情。

「寺山修司の最大の理解者は私である」という思い、「私は一生懸命“寺山修司”を守ろうとしてきたのに、周りの人間が寺山修司を傷つけた。」、そして「私が一生懸命寺山修司の体を気遣って仕事を減らそうとしていたのに、周りの人間が(いや、寺山自身さえ)、彼に激務を強いて、寺山の死期を早めてしまった。」という思い。その、強烈な感情が、本書を貫いています。二十数年の沈黙を超えて。

その、“重さ”、私には想像する資格すらないかと。もちろん云々する資格もありません。
ただ、やはり、本書を読み進んでいると、とても息苦しくなっていったのも事実であります。

寺山修司最後の主治医、あるいは寺山修司の死期が近いことを知った周りの人間、「(他人の)死に自己陶酔する」こと、確かに困ったものです。私の感性もそういうのは嫌悪します。誰かの死についての、それは例えば自分の子供とか肉親だったりすることもあるんだけど、手記というのを時々読んだりしますが。そういった手記でも、その裏に自己陶酔が嗅ぎとれるようなものは、ちょっと苦手であります。不治の病で死んでいく者を見つめる小説とかドラマとか映画とか。ま、小説で言えば『風立ちぬ』とか。そして、そういうのにロマンチックを感じてしまう自分もいるんだけど。だから、逆に嫌悪が深まるともいえるんだけど。

第2章の劇団の苦労話とかは面白く読めたです。

第3章の寺山はつの話。その強烈な性格は、いろんな本で読んだりしてました。そして、寺山はつの『母の蛍』は読みました。しかしやはり、寺山修司の最側近だった田中未知の筆で改めて読むと凄まじいものであったようです。

寺山修司の評伝に反論する田中未知。ただ、本書の冒頭にもあるように、寺山修司は「他者を映す鏡」だったのだから、人それぞれの寺山修司観があってもいいかと。そして、“私の”寺山修司観は、寺山修司の著作、そして、こういった評伝を読み進むうち、おぼろげに浮かび上がってくる、なんて言ったらいいのかな、“輪郭”かと。

しかし、私は寺山修司の評伝とか解説本はほとんど読んでません。だいたい九條今日子さんの『ムッシュウ・寺山修司』さえ未読であります。お恥ずかしい話ですが。
まだ寺山修司の著作もそうは読んでないでしょう。1割も読んでないんじゃないかな?エッセイとかは好きですが、評論とかはちんぷんかんぷんですし。というか、評論している対象も知りませんし。

極論を言えば、寺山修司の伝記は、正伝と呼ぶべきものは、私にとってはあまり重要なものではないです。寺山修司ゆかりの場所を見に行ったりするのは好きですが。
そう、私が寺山修司に関していちばん興味があるのは、本書にあるように、「寺山修司を見るなかれ。むしろ寺山修司たれ!」(16p「はじめに」より)という事です。もちろん私は寺山修司の頭脳の足元にも及びませんし、人生における“覚悟”も足りないでしょう。でも、“テラヤマ式”の物の見方とか考え方、ある程度は身についていると思いますし、それをますます深化させたいと思っています。

高校時代、寺山修司の本、そして、“ハードボイルド”小説や冒険小説と出会いました。それらの影響は、深く私のものの見方や考え方に影響を与えていると思います。そして、その方向で、もっと自分を深めていけたらと思っています。

本書はもちろん寺山修司研究の上で欠かせない1冊になるでしょう。そして、田中未知は、整理してきた寺山修司の仕事を発表するご予定もあるようです。そちらも楽しみであります。

しかし、九條今日子さんの思い出話とかもトークショーで伺いましたが。“寺山修司”とは、あるひとりの人物の名前ではなく、周囲の人間まで巻き込んだ、ある“事件”の名称ではないかと思ったりもします。

しかし寺山修司ってもてたんだなぁ、いいなぁ…。

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