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2007/07/19

『地球温暖化は本当か?』

『地球温暖化は本当か?~宇宙から眺めたちょっと先の地球予測』(矢沢潔:著 技術評論社:刊)
読了。

1年前くらいの記事ですが、
http://b.hatena.ne.jp/entry/2627951

『温暖化否定論に“待った”、環境省が反論へ』
というニュースがありました。
地球温暖化を否定する奴ぁ、全力で潰しますよ、という事でしょうか。それにむちゃくちゃ違和感を覚えました。
もちろん、地球環境がどうなっているか議論していくことは大切でしょう。でも、「(人為的な)温暖化」を絶対的に正しいとし、それに反する論は潰していくと宣言するってのは、少なくとも「科学的態度」ではありません。

いや、環境省の立場も解ります。「人類が行っている産業活動により排出されているCO2などにより、地球は温暖化している。そしてそれは人類の住環境の悪化を招いている」とする環境省の認識を“既定の事実”として政府が施策がおこなわれている以上、「間違ってました」or「間違ってるかも知れませせん」という事は口が腐っても言えないと思います。また、その認識をベースに産業界も環境対策の方向へカジ取りしていますし。もちろんその裏では「環境利権」、つまり裏金の流れもできているのでしょう。そのもろもろのベースである(人為的な)地球温暖化論をやすやすと否定されては、環境省の連中の立場がありません、面子丸潰れですし、ポッポにお金も入ってこなくなります。

ま、もちろん、地球温暖化説が間違っていたら、それどころじゃない損失が起きるのでしょうがね。

ま、こういうニュースを目にすると、わたしの中の天邪鬼のムシ、“さかさま”のムシが騒ぎ始めます。寺山修司の「さかさま」シリーズはいっとう最初に感銘を受けた寺山修司の著作群です。既存の価値観を軽やかにひっくり返す寺山修司の筆先は、いろいろ閉塞状態で鬱々としていたわたしにとって、ほんとうに爽快な清涼剤でした。
ま、それやこれやでそういう“さかさま”な発想がわたしの物の見方・考え方の根本にあるわけです。

という方向で、環境問題に関しても“さかさま”な本をいくつか読んでいる次第です。

ま、あたしは大学は理系の学部に入ったけど、気がついたら文系の学部を卒業していましたから、ま、理系に憧れはあるけど、基本的には文系人間でありますが。

さて、本書は、(人為的な)地球温暖化論の誕生から現在へ至るまでの流れ、そして「地球環境を予測する」というのはどういう事なのかを一方的な地球温暖化論を批判しつつ解説した本であります。

章立ては
第1章 地球温暖化の警告から京都議定書まで―それは無名科学者の一篇の論文から始まった
第2章 グリーンランドと南極の氷は溶けているか―溶けているのに厚くなっている南極の氷?
第3章 地球温暖化を主張する科学者のツール―シミュレーション学者は温暖化グラフをこうやって作る
第4章 シュクロー・マナベ、アキオ・アラカワ、地球シミュレータ―470億円の地球シミュレータの社会的価値
第5章 シミュレーションで温暖化を予測できるか―世界最速コンピューターの予測はゲタ投げの天気予報よりはずれる?
第6章 異議を唱える科学者たち―気温の上昇と二酸化炭素の増加、どちらが先か
第7章 地球の気候変動を宇宙から眺める―気温の最大の支配者は太陽の放射エネルギー
第8章 地球温暖化をコントロールする―自らの視点を変えるとき
となっています。

第1章では、(人為的な)地球温暖化説の誕生、それがセンセーショナルになり、そして京都議定書の締結の解説。しかし、京都議定書は科学的ではなく、政治的妥協の産物であったと。環境保護的には意味がないと。

第2章では、地球温暖化がもたらす最大の危機、南極やグリーンランドの陸氷が解け、海面上昇を起こすという論について、異説もあるという話。

最近の数年~数十年間の、それも限られた地域の限られた観測データをもとに、「地球上の氷が溶けて世界が水浸しになる」などと予測する科学者やそれを真っ先に報じるメディアが存在するとしたら、もうすぐアルマゲドンで人類が滅亡すると人々を脅す預言者とたいして違わないのである。(本書69p)

第3章~第5章は地球温暖化論者のツール、コンピューターによる気候シミュレーションが取り上げられています。その究極のものがわが国が誇るスーパーコンピューター「地球シミュレーター」なんですが。

でも、どんなに高性能なコンピューターを持ってしても、だいたい気候のメカニズムが十分にわかってない、しかも「バタフライ効果」と言われる通り、小さなファクターが大きく結果に影響を及ぼす“気候”という現象において、どんなスーパーコンピューターをもってしてもコンピューターシミュレーション自体無意味であるとやっつけています。

第6章では、自らの温暖化論のために資料を都合よく解釈したり、といった行為の紹介。そして、「温暖化は悪いことなのか?」という疑問も紹介されています。つまり、地球の温暖化が進めば、農耕が不可能、あるいはわずかな収量しか望めなかった寒冷地帯が肥沃な農耕地帯になる可能性もあるわけです。寒冷に悩まされてきた土地に住む人たちには温暖化はむしろ歓迎する事態であると。これこそ“さかさま”な話ですね。

第7章では、では、地球の気候の変化を司ってる要因は何か?という話になります。それはさまざまにあり、そして、長い目で見れば、地球の気候は、人類の営為とはお構いなしに変化していってる、と。

第8章では、では、もし人類の排出するCO2をコントロールするべきなら、どうすべきか?人類が地球の気候をコントロールするとなったらどうすべきか?について書かれています。
CO2をハイドレート化して海中に投棄するとか、また、巨大な反射鏡を宇宙に据えて、入ってくる太陽光を一部遮るとか、そういうアイディアが紹介されています。

本書を通読して。

表題の『地球温暖化は本当か?』は、わからないという感じでしょうか。そして、温暖化が進むと仮定しても、それは地球自体の生理によるものか、人為的な原因、つまりCO2とかの温室効果ガスのせいによるものなのか。つまり、CO2排出を抑制すれば温暖化は食い止められるのかどうか、は、「よくわからない」のが、本書を読んでのわたしの出した結論です。ただ、一方的な地球温暖化論の跋扈は問題であると思います。

また、地球温暖化論者は自分に都合のいいようにデータ等を解釈して持論を展開している場合もある、という事は理解します。また逆もあるのでしょうか?

それと、先に述べたように、地球温暖化は決して悪いことばかりじゃないという見方もできます。ただ、ほんと、現代社会の国家システムは、“国境”で国と国を区切るシステムになってますから、居住不可能になってしまった土地から居住可能になった土地への民族移動は簡単にはできないという問題もありますが。
ま、そういうせせこましい「人類の事情」なんて事とはお構いなしに地球というシステムは動いているって事でもありますな。

さて、じゃあどうすればいいか?という話になりますが。「人類の排出するCO2が地球温暖化をもたらすと*万一でも*可能性があれば、CO2削減は行うべき」という考え方もできます。しかし、そのために、人類は多大の犠牲を払わなければならないとしたら?

今、バイオ燃料のために食料価格が上昇しているようです。ま、豊かな先進国に暮らす我々は即飢餓に直面することはないでしょうが。しかし、豊かでない国々はどうなっているのでしょうか?RV車を1回満タンにするバイオ燃料に、ひとりが1年食べられる穀物が消費されるそうですけど。

また、地球温暖化だけを想定した環境施策は、逆に寒冷化とか起きたら、対処できないでしょう。もちろん、想定できること全てに対策を考えるリソースは今の我々にはないのでしょうが。

もしうんとマクロな見地に立てば、人類もけっきょく地球上で栄枯盛衰する種のひとつに過ぎないって見方もできますけど。いつかは滅ぶ存在であるとね。こういったことをグデグデやりながら、結局ほんとうの人類存亡の危機は乗り越えられずに滅ぶ、そういうことなのかもしれません。そしてそれは“人類”という種の限界であるのかもしれません。どんな種でもその限界を乗り越えて存続は不可能ですし。

いつか人類はその種としての限界を迎える日が来るでしょう。そういった時、ニュータイプでも生まれるのでしょうか?それとも“人類”という系譜は終わってしまうのでしょうか?
ま、そんな浮世離れしたことをつらつら考えたりします。

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