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2007/07/25

漫画版『さよなら絶望先生』

『さよなら絶望先生』(久米田康治:著 講談社:刊)
コミックスです。現在連載中で、単行本は9巻まで出てます。4巻まで読了。

前にも書きましたが、よく行くマンガを面白おかしく紹介しているサイトに、久米田康治さんの作品がちょくちょく紹介されていました。この『さよなら絶望先生』もそうですし、その前作の『かってに改蔵』なんかも。でも、前々から読みたいと思いつつ、でした。積読以前の買わず読というか…。そんなところに今回、『さよなら絶望先生』がアニメ化されて。で、どっぷりとはまってしまいました。ほんと録画したのを何度も何度も見ています。

それで原作の方も読んでみることにしました。

絵柄は好みです。動線がほとんどない、陰影もあまりつけられていない、フラットな画風です。
アニメ版のほうはさらにそれを強調して、衣装とか、衣服の動きを無視して、そのまま千代紙でも貼ったような感じに仕上げられています。

糸色先生のクラスの女子高生たち、絵柄も好きですし、可愛いかんじがします。
ただ、出てくる少女たち。どこか病んでいます。偏執狂とか、メールでしか人と会話できないとか、引きこもりとか、ストーカーとか、“特別な人”願望とか。

超ポジティブ少女がいて、引きこもりとかストーカーとか、マスコミでやってるだけで、身近にいる訳ないとか言いますが…。引きこもりはちょう身近にいますし、だいたいあたし自体引きこもりかけた経験がありますし。私はストーカー気質があるから気をつけるようにしています。ま、気をつけてそうならないで済むならほんとのストーカー気質じゃないんでしょうがね。

その、何でも良いほうに解釈する、超ポジティブ少女が、ストーカーをしてしまった同級生の女の子(これがまたくぁわいいけど)を「ストーカーじゃなくてディープラヴですよ。」と言うんですが。そりゃ、可愛い女の子とかイケメンならディープラヴでせうね。あたしみたいなキモメンならストーカーであります。

その超ポジティブ少女、ポジティブなら良いじゃないなんて思ってたら、実は両親が何度も自殺未遂をしている、服役中のおじさんがいる、なんてややこしい仮定ゆえの“病んだ”ポジティブだったりして。しかも人の心の隙間に付け入るのがうまい、将来カルトのリーダーになりそうな女の子だったりして。

その、女の子たちの、壊れた所、病んだところに惹かれてしまうのです、あたし。あたしもちょっと壊れた人間だから、同病相哀れむというか、そういう壊れたところの痛みに惹かれるのでしょう。

精神科医の磯辺潮さんが書いた『普通に生きられない人たち~ 私たちは人格障害とどうつきあえばいいのか』(河出書房新社)などに書いてある、境界性人格障害の人たちが持っている強烈な“魅力”についてのはなしを思い出します。境界性人格障害のひとは、それに近しい心性を持つ人にとって、どこか“儚げ”な印象を与えるそうです。そして、それに惹かれてしまって。

その誘引力のすさまじさは、「患者との間に一定の距離を置かなくてはならない」筈の精神科医でさえ、その距離を越えさせてしまう事もあるそうです。そして、振り回された挙句、廃業したり、自殺したりする精神科医もいるそうです。
(ストーカー少女の話で、元彼にさんざん付きまとっておきながら、糸色先生が彼女の心に触れると、ころっと糸色先生に付きまとうようになり、あれだ け付きまとっていた元彼には洟もひっかけなくなる、っていうエピソードがあるんですが。磯辺潮の本に出てくる“境界性人格障害”の行動パターンそのものと思います。)

たぶん、コミックスの中の彼女たちが私に向かって放つ魅力は、それに類するものじゃないかと思うのですが。ま、リアルでそうなったら大変ですけど。ここらへんも二次元が三次元より有利な事かもしれない。でも、三次元でも惹かれますけど。どこか“儚い”のが好きです。その儚さを愛でて、できたら守りたいと思ってしまうのですが。
そこらへん、私の傲慢の現われのひとつと理解はしていますが。

「しろはた」によると、そういうのに惹かれるのって“メンジョ属性”というらしいですが。

う~ん、本書は面白いけど…。ただ、読みづらいってのが本音です。

まず、私にはマンガ読みの読解力が足りないと思います。
単行本はちょくちょく買ってるけど、小さい頃からマンガ雑誌はほとんど読んできませんでした。購読していた漫画誌は、今は亡き朝日ソノラマから出てた『マンガ少年』、あと、4コマ雑誌にはかなりはまってました。いがらしみきおが不条理4コマでブームになって、それから休筆して、また『ぼのぼの』でカムバックして、それからしばらくくらいまでは4コマ雑誌を何誌も講読していましたが。あと、小学館の学年誌をマンガ雑誌と呼べるなら。

だから、雑誌とかでさまざまなマンガ表現に慣れてない私は、マンガに対する読解力は低いと思います。そして久米田康治のタッチは、フラットな、ちょっと癖のあるものですし。

あとは視力の低下ですね。本作はコマの隅っこに描かれたマニアックなパロディとかが面白いのですが。それが読めません。巻末に「紙ブログ」という文章のコーナーがあるんですが、それも文字が小さすぎて目を凝らしてやっと読めるくらい。疲れるので最初のほうだけ読んであとは読んでないです。

う~ん、だから、『さよなら絶望先生』、きっちりと楽しく読めるとは言い切れないんですが…。ま、アパートの帰り道に寄れる本屋さんに置いてありますし、1巻づつぼちぼち買って読んでいこうかと思ってます。

しかし、アニメ版の『さよなら絶望先生』、糸色先生以外の男キャラはほとんど、『瀬戸の花嫁』の永澄さんの中の人がやってます。何役も。ま、男キャラなんてどーでもいいって演出なんでしょうか。なんかそういう趣向も好きなんですがね。

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