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2007/05/01

イメージフォーラムフェスティバル3

という方向で昨日はイメージフォーラムフェスティバルのF、A、Q、Jプログラムを観てきました。気になった作品を何本か。

Fプログラム「日本6」、Aプログラム「日本1」、両方とも日本招待部門&一般公募部門作品です。

Fプログラムより。

『タネ』(大力拓哉&三浦崇志/ビデオ/50分/2007)
モノクロームの作品。4人の青年たちが細長い箱を頭の上に抱えて山を登ります。登りの途中でひとり抜け。やがて山頂。しかし、彼らは山頂に着いて感慨にふけるでもなく、あっさりと下山します。そして下山途中、彼らはバラバラになり。
極めて初歩的な、外しているかもしれない読解ですが。“箱”は青春の、みんなで見た夢の象徴でしょうか。そしてあとに残るのは、腐りかけのレモンの味…。

『ポストの話』(萩原朔美/ビデオ/15分/2007)
いまや家々は高い塀で囲まれてしまい、外と内を繋ぐ縁側もなくなってしまったと。
そして外と内を繋ぐ窓。しかし、出入り自由の窓はもうポストしかなくなってしまったと。
窓、確かに。私のアパートの窓は締め切ってます。“遮光1級”のカーテンも締め切ってね。アパートが1階ということ、あと、駐車場に面していて人の出入りが結構あるせいですが。
萩原朔美さんかかわなかのぶひろ先生か、失念したんですが。窓を開けるとすぐそこが隣の家の壁で、そこに映写機でいろんな光景を映していたというお話を思い出しました。

『十七個の空間と一匹のウジ虫で構成された作品』(平林勇/ビデオ/14分/2007)
人間の意識を持ったままウジ虫に生まれ変わってしまった男の独白と、いろんな場所を這うウジ虫の映像を重ね合わせた作品。
男はアーチストだった人間。「どうして普通に生きられなかったんだろう。」と語ります。あたしも…。しかも、あたしにはアーチストというエクスキューズもありませぬ(涙)。しかも取り返しのつかない中年ですし…。これについてはある本を読んでいて、そのうち熱く語る予定ですが。
ま、自意識過剰は現代人の業病であると思ってます。『タクシードライバー』でトラヴィスが「人々は"morbid self-attention"に囚われている」と語った如くに。

ウジ虫。汚い場所にいるから汚いと思いますが、単独で見るとそう汚いという感じはしませんな。いや、私は、小さいころ、石をはぐってその下の虫を見るのが好きだったっていうこともあるでしょうが。
だいたい、今日、トイレは水洗だし、ゴミはきちんと収集されているし、日常的にウジ虫が沸いているのを見る機会がありませんから、ウジ虫を汚いと思う感性も鈍磨しているような気がします。
だいたい、あたしのいちばんきついウジ虫体験は、ネズミの死骸にウジが沸いていたことくらい。ウジってのは毛皮の内側に沸くみたいで、ネズミの死骸は原形をとどめているのに、眼窩や口の中にウジが蠢いていて、うへぇと思いました。でも、ほんと、いちどだけ。

だいたい実験映画のナレーションや台詞ってのは、ボソボソとくぐもったものが多いです。またそれが個人映画的な印象を深めてくれるのですが。でも、本作はきちんと役者さんかナレーションの訓練を受けたらしい人がやっているようで、朗々と聞こえてきます。そこらへんも本作に印象を形作るのに大きい部分かと。

しかし、AVなんかに顕著ですが、何で精液のことを“精子”と呼ぶのでしょうか?精子は精液の、いちばん大事だけど、一成分に過ぎないと思うのですが。やっぱり「これは子種である」というプライドがあるのかしらん。AVなんかそれこそ子種としてではなく、撒き散らすものに過ぎないのに。いや、だからこそか…。

で、Aプログラム。

『8ミリ・ミシン』(奥山順市/ビデオ/11分/2007)
奥山順一さんは、映画というフィルムシステムそのものをメタに遊ぶ作品をこしらえていらっしゃるようです。今回は8ミリとミシンの邂逅。8ミリフィルムにミシンで穴を開けたのを映したり、16ミリフィルムに8ミリフィルムをミシンで縫いつけたり。今回、ライブ・パフォーマンスもありました。映像的というより音楽的というか、映写機の音とミシンの音の合成という感じでした。

 Qプログラムは「ストーリーズ・フロム・オフ オフからの物語」として。

『パビリオン・ノワール』(ピエール・クーリブフ/35ミリ(上映はビデオ版)/24分/2006/フランス)
あるオフィス。行きかう従業員たちの様子。しかし、それに突然“ダンス”が闖入してきて。つまり、行きかう従業員たちが一瞬、ダンスのような身のこなしをして。そういう日常の風景に侵入するシュール。面白いです。

『序幕』(ニコラス・プロヴォスト/35ミリ/(上映はビデオ版)/10分/2006/ベルギー)
白人一家、両親とひとり息子の少年。少年は母親が筋骨たくましい黒人に犯される幻想?を見る、という作品。ある種のエディプス・コンプレックスなのかもしれない。父親にうち勝つようなたくましい黒人となって、母親とまぐわうという幻想。
白人を犯す黒人。いっぽ間違えれば偏見ですが、いや、偏見かなぁ。ナイーヴな偏見の提示、でしょうか。
いや、人は偏見を持つものだし、偏見を押さえつければ変なところからそれが噴出してくると私は思ってますが。ただ、偏見で政治や社会制度が決められることだけはぜったいに避けるべき、とは思っています。ただ、ほんと、人は偏見を持ってしまう生き物だとは思ってますが。

Jプログラムは「キリアン・デラーズ アニメーション・アクト」

スイスのキリアン・デラーズさんの特集ですが。デラーズさんは会場にお見えになっていて、デラーズさんと今井和雄さんの生演奏がついてる作品もあります。
デラーズさんの作品はアブストラクトなアニメーションでしょうか。音楽にあわせて動くのが多いです。小道具を使ったものから、ペインティング、クレイアニメまで。

『ギャビーの尻』なんか、お尻の上をいろんな物が蠢きまわったり、お尻にペインティングしたりしてます。なんか見てるだけでくすぐったくなってきます。男尻らしいのがちょいと残念ですが。

スイスは国民皆兵制で、家に軍用ライフルとか置いてあるそうですが。そのライフルまでチラッと一瞬出演したりして。

ライブは好きなので、楽しかったです。

という訳でイメージフォーラムフェスティバル3日目終了。1日4プログラム、12時から9時近くまで、2日連続はさすがにくたびれました。1日4プログラムはこれで終わりますが、他の予定とあわせて全プログラム制覇しようとするともちょっときついスケジュールが発生します…。

やれるか?クタビレ中年の俺…。

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