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2007/05/03

普通に生きられない人たち

『普通に生きられない人たち~私たちは人格障害とどうつきあえばいいのか~』(磯部潮:著 河出書房新社:刊)
読了。磯部潮さんは名古屋で「いそべクリニック」を開院されていて、実際に心を病んでしまった患者さんに接していらっしゃるお医者さんです。

人格障害、その中でも典型的な境界性人格障害を中心に、その症状の解説と、境界性人格障害を抱え込んでしまった人への接し方、そして、境界性人格障害を抱え込んでしまったらどうしたらいいか?について書かれた本です。

まず、断りを書いておかなきゃいけませんが。
体の病もそうですが、心の病に関して、中途半端な知識であたってはいけないと思います。自分に対しても、ましてや他者に対しても。中途半端な知識と決め付け、そして、対処するのは。
まず、そういった病気を抱え込んでしまったら、きちんと精神科医にかかるべきだと思いますし、また、そういった人たちに常に接しなければいけない立場になったら、例えば家族とか恋人とか親友がそういう病を抱え込んでしまったら、「どう接したらよいか?」きちんと医師のアドバイスを受けるべきだと思っています。

ただ、私は、こういう心の病に関心があるし、そして、私自身、心の病を抱え込んでしまってるかも?と思っているので、こういう解説書に手を出したりします。ま、難しいのはちんぷんかんぷんなのですが。

磯部潮さんの本は、光文社新書から出ている『人格障害かもしれない~どうして普通にできないんだろう~』を読んだ事があります。

中年の域に入って、いろいろ取り返しのつかない年齢なんだけど。「どうして普通に生きてこられなかったんだろう」といつも自問自答しています。故郷の大学をきっちりと出て、公務員か、給料はそこそこだけど倒産やリストラで放り出される心配はしなくていいような会社に入って。お見合いで奥さんをもらって所帯を持って。子供をつくって育てて。
今ごろは子供の進学先か、それとも家かマンションでも買おうかとか頭を悩ませていて。
日曜日は白い車を洗い、時には家族でドライブに出かけ。
楽しみといえば、テレビを見ながら枝豆にビール。でも、そろそろ子供にお金がかかる時期だから、ビールも控えめにしなきゃなあとか思っていて。

なんで、そういう「普通の生き方」ができなかったんだろう、ってよく考えます。もう取り返しのつかない年齢なんですがね。
特に「特別な生き方」を望んだわけじゃありません。アーチストになろうとか、そういうことを望んだ事はありません。ごくごく普通に生きてきて。でも、気がついたら普通じゃなくなっていて。ほんと、どうして普通にできなかったんだろう…。

『人格障害かもしれない~どうして普通にできないんだろう~』という「どうしてふつうにできないんだろう」というサブタイトルに直撃されて、読んでみたんです。
『人格障害かもしれない』の方は、人格障害と呼ばれる心の病に対する解説、分類とか、磯部さんが診た患者さんの体験談とかありました。

で、『人格障害かもしれない~』で面白いなと思ったのは、いわゆる『破滅型芸術家』について書かれていたことと、境界性人格障害の患者さんが持つ、強力な『人を惹きつける力』の事でした。

『破滅型芸術家』。つまり、彼らの才能は、人格障害と分かちがたく繋がっているというお話。何人かのアーティストを挙げて。あと、逆に『破滅型犯罪者』も実例を挙げて考察していますが。『破滅型芸術家』はなぜ破滅型の人生を歩んでしまうか。彼らの破滅的な人生とその芸術の才能はどういった関連があるのか、不思議に思っていましたが。
もちろん、他の理由で破滅型の人生を歩んでしまう芸術家もいるだろうし、すべての芸術家が破滅型の人生を歩むわけではないし、また、人格障害があるからといって、すべての人が芸術家の才能を持ってるわけじゃないでしょうが。

それと、境界性人格障害の人が持っている、強い、「人を惹きつける力」。もちろん、それは芸術家としての力としても有意なんでしょうが。しかし、境界性人格障害の人は安定した人間関係が築けず、結果としてそうやって引き込まれてしまった人を振り回す事になると。
それは、患者と一定のスタンスを保つ事が義務である精神科医も思わず取り込まれ、振り回され、精神科医を廃業したり、自殺してしまった精神科医もいるそうです。

『人格障害かもしれない~』はそういった部分をとても興味深く読めたので、『人格障害かもしれない~』に続いて本書『普通に生きられない人たち』を手に取ってみたわけです。

んで、『普通に生きられない人たち』に話題を戻して。

『普通に生きられない人たち』では、第1章から第4章までが「普通に生きるとはどういうことか?」という事について書かれています。「普通に生きよう」とした挙句、うつ病にかかってしまった患者さん。また、「普通に生きられない」のを逆手にとって人の上に立って、ビジネスで成功した方の話。また、「普通に生きる事」を拒否した挙句、もちろん、才能ない人にはそれを“社会”が許すわけはなく、引きこもりになってしまった患者さんの話。
そして、人は誰でも「普通じゃない」部分も持ち合わせているという事。

第5章が「「普通」にできない境界性人格障害の人の話し方」、
そして、第6章が「「普通」に生きられない境界性人格障害の人の行動特徴」
として、患者さんの例を挙げつつ、境界性人格障害の解説になります。

まず、人格障害の患者さんの特徴として、彼らの心の中にはけっして満たされない心の“欠損”が存在しているのではないかという事。『基底欠損領域』というらしいけど。これは以前にも書いた名越康文さんの『危ない恋愛』(光文社・知恵の森文庫)にも書かれていましたね。名越さんの定義によると、「基底欠損」とは、「基本的信頼感」の欠落ということで。そして、「基本的信頼感とは、生きていく上で必要な、無意識的な信頼感」だそうですが。それが人格障害の患者さんには欠如していると。

若干理解が困難な概念でありますが。これはこれからもつらつら考えていきたいと思います。

第5章では、その、境界性人格障害の人が持つ、強烈なオーラ、魅力といったものに触れられています。
まず、初診時の印象として、どこか「儚げ」な印象を与える、と。そして、そういう境界性人格障害に近い立場にいる人間にとっては、それに強烈に惹きつけられてしまう、と。また、逆に、そういう要素を持たない人間にとっては、それは気付かれることもない。また、患者さんも無意識にそういうオーラを引っ込めてしまうとか。
そして、その儚げさゆえに、それを感じることのできる人々は、その人のために何かしようと身を乗り出してしまう、と。

えと、私はけっこう「儚げ」属性があると自分で思います。そういう、「儚げ」な印象を与える女性には弱いと、思わず、「彼女を守りたい」と思ってしまう弱点があるのでは、と。弱点と断じたくはないけど。
エエと…。思い当たるフシがあります…。ま、あたしはキモメンですから、そういう惹かれた女性と深い仲になるって事はないんだけど。でも、いったん関係性ができてしまえば…。

境界性人格障害の患者さんには強い「見捨てられ不安」があるそうです。これは私見ですが、その不安が一方では相手に対する献身的な態度になると思うのです。しかし、本書によると、また逆に患者さんは全面的に自分が受け入れられる事を確かめなきゃ不安でたまらなくて、だから、結果として、相手を振り回す事になると。相手の大事な用の最中でも「あたしのところに来て!」となると。医者と患者の関係なら、時間外の診察を要求したり。そして、それが容れられないと、逆切れして「あたし死にます!あたしが死んだらあなたのせいだからねっ!!」といきなり病院を飛び出したりすると。そして磯部先生はスタッフと手分けしてその患者さんを探す羽目になる、と。あたしは精神科医のスタッフだけはやりたくありません。

また、境界性人格障害の患者さんは、相手に対する評価が瞬間的に180度変わってしまう、と。医者と患者の関係なら、「あなたはいい先生だ、あたしを治せるのはあなたしかいない。」が、次の瞬間、「このヤブ医者めっ!」になるそうです。

確かに、そういう患者に振り回されたら精神科医も廃業したり、自殺したりしますわな。
しかも、そういう人間は、精神科医に思わず医師と患者の境界線を踏み越えさせてしまうほどの魅力を発揮するそうですし。そうして取り込まれた上で、そういう態度をとられれば…。

そして、境界性人格障害の相手を全面的に受け入れ、いくら犠牲になっても相手を受け入れると、愛し続けると覚悟を決めても…

境界性人格障害の人は彼の代わりに共生関係を築ける人に、常にアンテナを張り巡らしてもいるのです。(99p)

んで、必死になって、ボロボロになってついていっていても、息切れした、ついていけなくなった、その瞬間…。

もうだめだと観念したときの彼らは、驚くほど素早く身を切り返します。以前に関係がなかったかのように一切連絡をしてこなくなります。ほんとうに鮮やかに切り替えるのです。(164p)

となるそうです。こそっと二股かけてキープの方に乗り換えたりするのかな?
哀号…。

第7章は「「普通」でない人の話し方への対応」、
第8章は「「普通」でない人たちの行動への対応」、
となってます。実践編、ですな。ここは各章の小見出しを並べるのが解りやすいかと。

第7章。「「普通」でない人の話し方への対応」として。
1.初対面で先入観を抱かない
2.安請け合いをせず、あいまいに答えない
3.そのつど確認し、書き留めておく
4.ペースに乗らず、意思をはっきりさせる
5.物語の登場人物にならない
6.感情の起伏に合わせず、一呼吸置く
7.語感やリズムの心地よさに浸らない
8.絶望的な習慣、努力は承認する

第8章「「普通」でない人たちの行動への対応」として。
1.できないことはできないとし、情けはかけない
2.深い情緒的交流は避ける
3.継続は耐え難いことを知る
4.衝動行為は理解できない
5.自殺行動、そぶり、脅し、自傷行為には、きっぱりとした態度で臨む
6.中立的な態度を崩さず、「今、ここで」に焦点を当てる
7.虚しさに引き込まれない
8.理不尽な怒りには、その場を立ち去る
9.妄想と解離は重篤である

だそうであります。

ただ、ほんと、そういう人たちに接すれば、魅力的で引き込まれてしまうんだろうと思います。だから、彼ら彼女らに引き込まれず、ある程度突き放して、スタンスを置いて接しろという事であろうかと思います。
ただ、同じ心に傷を持つものとして、心に傷を持つ者に接したいと思いますが。さっきも書いたように、私は「儚げ」なものに惹かれるタイプでありますし、多少は傷を負うことになっても、大切に思う人を守り、受け入れ、そして、受け入れられたいとも思ったりしますが…。
でもやっぱり、私にはそういうことは無理でしょう。

いや、恋愛とはけっきょくお互いの壊しあいかもしれない。そして、ちょっと壊れて、お互いのかたちが合うようになって、そして、いい形に直していくという行為かもしれない。

でもまぁ上記の指摘は、心を少々病んでいる私自身の行動指針としても有効かと思います。

そして、終章、第9章は「境界性人格障害とその傾向を持つ人のために」
そうですね、境界性人格障害を抱え込んでしまった人に向かっての言葉です。

まぁ、境界性人格障害というのは直りにくいそうです。「心の病」というよりも、「性格の偏り」な感じだからかなぁ。ただ、40歳くらいになると、若干の安定を見せるようです。
私事ではありますが、やっとここ数年、自分の心の波、また、私の心、今、おかしくなってるみたいだなぁと自覚できるようになりました。だから、この指摘は頷けるんだけど。だから、それまで、死なずに、こらえて生きろという事になるでしょうか。

ここでも幾人かの患者さんの例を挙げられています。

境界性人格障害に苦しみつつも、その代償としての創造性を活かして、ビジネスで成功して、やっていけている人。ビジネスで成功したけど、でも、やはりその苦しみに耐えられず自殺してしまった人。
ま、「普通に生きる」のは無理なんでしょうか…。ほんと、あたしは取り返しが付かないトシですが…。

肝心の「境界性人格障害」とは何か?とかについては書いてませんね。
そこらへんはネット上のメンタルヘルス系のいろんなサイトに書かれているから。まっとうな専門家が書いた文章を参考にしてください。私がいい加減にまとめるより、そっちの方がいいと思います。
そして、やっぱり、本書は私が生半可に紹介するより、気になった方はあくまで本書を直接に手にとって読んでみる事をお奨めします。以上の文章はただの、私の、私的な感想文というスタンスでお願いします。
そして、やっぱり苦しかったら、きっちりと医者にかかるのをお勧めします。

さて、あたしは境界性人格障害でしょうか?う~ん、対人関係の不安定さって、そもそも私はあまり深い対人関係は持っていないし。
ま、私はキモメンだから。もし、イケメンで、黙ってても女の子が寄ってくるようなタイプだったとしたら。複数の女の子と何股もかけたり、相手に自分の用事 がある時でも、それをキャンセルさせて彼女を呼びつけたりするようになるんでしょうか?ほんと、それは、判らないけど。ただ、ほんと、容姿も人格形成の大きなファ クターではあります。

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コメント

はじめまして
まるで自分のことのようで驚きました。

40を過ぎても人格障害治らなくて
色目使って誘惑した男の人を振り回してしまいます。
たいがい、誘惑したら落ちる。

今回面倒見のいい人で結婚ってことになるかもしれません、僕がそばにいて治してあげたい、って

傷つけるのが怖いから嫌われて去ってくれたらいいのにと思いましたが
心にもないことを言わなくていいと彼は私を受け入れてくれてるんです

迷惑かけたくないと思うけど、反面そばにいてほしいと思う

彼のことは大好きって思うけど、明日になれば大嫌いになるかもしれない

やさしい人なので傷つけたくはありません

投稿: ぷりんぱふぇ | 2011/11/25 16:01

◎ぷりんぱふぇ様
ほんとに私はこういう心の病を持っていらっしゃる方にどういうべきか解らないのだけど。
やはりきちんと医者にかかり、しかるべきアドバイスを受けるのがいいと思います。
あと、何とか自分の行動を自分でチェックし、コントロールするべきなのでしょうが。それもまた難しいことであると思います。(ま、禁煙もダイエットも失敗続きの私ですので)
お大事にとしか言う事ができないのですが、どうか、お大事に。

投稿: BUFF | 2011/11/25 20:35

私は、人生観がコロっと変わってしまいます。いま40代になりましたが、職は30回以上変わり、彼も何十人も変わり、離婚も2度経験しました。職業的には、かなり成功し、わりと有名かな?でもそれさえすぐごっそり捨てて、仏門に入ろうと思ったり、もうだんだん疲れてきて、これからどうやっていいのかわからなくなりました。どうしたらいいのかよかったら教えてください。

投稿: k | 2012/03/15 11:17

>k様
どうしたらいいか、それは私にもわかりません。自分自身の人生さえ、なんかよくわからないですし。
私が思いつくいちばんは精神科にかかることでしょうか。
その程度のお答えしかできませんが、ご容赦。

投稿: BUFF | 2012/03/15 15:30

以前いそべ先生のクリニックに通っていたものです。
親身にお話を聞いてくださったのに、
どうせわたしなんかカウンセリングうけても
治らないと、途中で断念してしまいました。
結局、感情の起伏が激しく、コントロールできなくなって
がんばろうと思ったことを放り投げてしまいました。

患者側に治そうとする継続した意志がないと
何も始まりませんね。
今も相変わらずですが、現実と向き合っていこうと思います。

投稿: りか | 2012/10/14 17:12

◎りか様
私も精神科通っていて、途中でどうしてもいたたまれなくなり、通院を打ち切ったこともあります。
また、メタボ系の持病も通院が億劫になり、打ち切ったり。
なかなか通院を続けるのは難しいものでありますよ。

投稿: BUFF | 2012/10/15 15:25

多分に自分も人格障害であるなと思うのです。そうしてまたその様なそれ以外でも障害かと思われる方に惹かれます。好き過ぎて盛り上がって悩んで落胆して相手が傷つくような事をし、もうどうしょうもないと解って居ながらも思い出せば後悔し崩壊していく自分を俯瞰で眺めてしまいます。相手もこうであってほしいと。
私は仮面を被ってBUFFさんのおっしゃる普通の生活も同時におくっています。たぶん、普通の奥さんであり、母です。この世の中には本当にたくさんの人がいてお互いの凸と凹を埋めあう為に生きて探しているのだなあと、貪欲に生活しております。

投稿: ひろみ | 2013/11/23 17:04

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