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2007年5月

2007/05/31

メモリが廉いそうな

どうもPC用のDDR2メモリがかなり安価になっているようで。
ノーブランドなら、「今時このくらいは欲しいよね」の1G*2が7~8千円で手に入るようです。ブランド物でも1万円少々あれば手に入るとか。
今年の頭、そこそこのブランドのDDR1G*2を2万円台なかばで買った者としては「ムキ~~ッ!」でありますが、ま、PCやってると良くある事ではあります。

ネットでの情報を見るに、Vista特需のアテが外れての値崩れのようです。これもネットを見て回った感じですが、Vistaがサクサク動くにはメモリは2Gくらい欲しいようです。Vistaマシンへの買い換えや、メモリ増設の需要を見込んでメモリを増産したけど…、という事情のようです。

となるとそのうちメモリ価格も底を打って上昇に転じるでしょう。その前に買っておこうかなという気持ちもあります。わたしのPCではDDR2メモリは使えないけど。

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2007/05/30

ベトナム戦争グッズ

昨日、濃ゆい文章を書いちまいましたが。
私はベトナム戦争関係の本とか軍装品を集めるミリタリーオタクでした。ま、今でも資金的余裕があれば続けていたかもしれません。

もうベトナム戦争関係の本が出版される事もまれですし、ベトナム戦争関係の軍装品もだいぶ数が減ってきて、値も上がったし、入手困難になってます。また、基本的な装備品はだいたい揃っていますが。レプリカアイテムも含めれば、当時の歩兵の格好がだいたいできるくらいには揃ってます。銃器を除けばね。

ベトナム戦争は、やっぱり私の小さいころの原体験のひとつ、であります。
あのころ、テレビではふたつの戦争をやってました。ベトナム戦争というほんとうの戦争。
『コンバット』のテレビドラマの戦争。

『コンバット』ではアメリカ兵は絶対的な正義の味方で、敵のドイツ兵がいくらバンバン銃を撃ってきても、メインキャストには当たりません。逆に、メインキャストがちょっと銃を撃てば、ドイツ兵はバタバタと倒れていきました。
逆に、ベトナム戦争ではアメリカ兵は無辜なベトナム人たちをどんどん殺しまくっている悪玉でした。そして、アメリカ兵たちも、ベトコンにどんどん殺されていってました。

ただ、ふたつとも、「テレビの中の戦争」という事においては等価でした。

そして、日本のベトナム反戦運動。学生運動、反戦デモ、それもまたテレビの中で激しく、激しいけれど、テレビの中の事で。

そう言えば、テラヤマバスツアーで行った三沢の寺山修司記念館。イベントで集まった人たちの上を三沢基地所属の?米軍のF-16戦闘機が飛んでいったのだけど。それを見つけたある人が「あ、ファントムだ。」とつぶやいたのが印象に残ってます。F-4ファントムはあの時代を、寺山修司の時代を生きた人にとっては、空母エンタープライズと並んで憎むべき米帝の象徴でしたね。閑話休題。

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2007/05/29

初期型ファティーグ

(16/7/23追記)中田商店の初期型ファティーグは仕様が変更になったようです。よって、以下の記述は現行品とは違います。ご注意。

今日の話題はどれだけの人がついてこれるか自信がないけど。
(いや、いつもそうだけど)
今回は、いや、今回もぶっ飛ばします。

日本冒険小説協会全国大会のコスプレ用に買った軍装品のこと。
上野アメ横中田商店謹製のジャングルファティーグのレプリカです。

ジャングルファティーグってのは、ベトナム戦争用に米軍が開発した、薄手のコットン生地でできている戦闘服。ジャケットは両胸と両裾に4つポケット。ズボンはフロントとヒップ、そして両腿脇の6ポケット。

この両腿脇のポケットっていうのが、民生品だと昔は作業服にあるくらいでした。それが近年の「ミリタリー」というファッションコードの発生から、ストリートウェアにも取り入れられるようになって。なんか昔からのミリヲタにとっては感慨深いです。だいたい昔は軍服なんか着て歩いていたら、「お前、右翼か?」なんて言われていたんですがね。

ジャングルファティーグには大きく分けて、初期型、中期型、後期型ノンリップ、後期型リップストップの4種類に分けられます。私が買ったのは初期型。初期型はポケットのボタンが露出しています。そして、ジャケットとズボンの前立ての裏に風除けのフラップ。両腿のポケットからズボンがバタつかないように縛る紐が出ています。つまり、空挺降下をかなり意識したつくり。
ジャングルファティーグのルーツは第二次世界大戦で採用された空挺ジャケット&パンツなのだけど、それの影響が強いと。

中期型になるとポケットのボタンにカバーがついて見えなくなり、この空挺降下用の前立ての風除けと腿ポケットの紐が省かれます。
後期型になると両肩のエポレットと、ジャケットのウエストについていたサイズ調整用のタブが廃止されます。コストダウンのためでしょうか。これが後期型ノンリップ。そして、生地がリップストップに変更されたのが後期型リップストップ。リップストップってのは補強用の太い糸が途中に織り込まれたもの。裂けてもそこで止まるからリップストップ。生地に等間隔に太い糸が織り込まれているので一目で判ります。

あと、どの時期かは解りませんが、ズボンの前あわせがボタンからジッパーになるのと、ズボンのウェスト調整用のタブがボタン留めから金具留めになります。

この中田商店製の初期型ジャングルファティーグ、まぁよくできていると思います。実物は持ってないので細かい所は判りませんが。色合いがもうちょっと緑が強い方が良かったかなぁとか思いますが。両腿脇の紐が省略されているのがちょっと気になるくらい。ただ、実戦でもジャマ臭くて切断されていた事が多かったそうですが。ただ、この紐はポケット内部のズボン本体に縫い付けられていて、ポケットに開けられた小さなスリットから外に出すようになってます。そのスリットは再現しておいて欲しかったなと。

ちなみにこの紐を再現している民生品の軍パンをよく見かけますが。もともと何のための紐だったか知ってる人はどのくらいいるのかしらん。それと、引っ掛けてコケないかなぁと心配になります。

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2007/05/28

デザフェスには行けず

で、27日、日曜日はアパートでごろごろ。実は給料日前ですっからかん。

洗濯物をやっつけたり、クリーニングに出していた最後の冬物を回収したり。スーパーにお買い物に行ったり。

土曜日留守録しておいた『電脳コイル』第3話を観ました。
いよいよイサコがヤサコたちの前に登場。お話が動き始めるようです。
しかし、2話のヤサコのお風呂シーン、3話の吹っ飛ばされたイサコの上着がはだけ、タンクトップの肩がずり落てる様子、どうも制作サイドに「分かってる」方がいらっしゃるようです。

それから『瀬戸の花嫁』第8話のBパート、燦とルナの歌合戦シーンを何度も繰り返して見たり。やっぱり神回です。
『Lunarian』のイントロ、リズムをとりながら頭を左右に振るルナの様子とか、『戦いの歌』に入る時の決めポーズとか。燦の『Your Gravitation』歌いだしのところ、『英雄の歌』に入る時の三味線とブルガリアンボイスのイントロとか。

つうか、見てない人には何の説明にもなってないね。

mixiを見ていたら、日記キーワードランキングに「デザインフェスタ」。あ、何か忘れてる感じがしたのはこれかぁと。

毎年春と秋のデザインフェスタは楽しみにしています。意匠物のコミケ、といった感じでしょうか、小さなブースにたくさん並べられた、工夫を凝らした意匠物、見て回ると楽しいです。いろいろ刺激にもなりますし。

しかし、気がついたのは昼過ぎ、時間遅いし、ちょっと手元不如意、&疲れてるので今回はパスしました。ざんねん。

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ヒビウリプー4

26日、土曜日。

三上寛公式ファンクラブ、寛闊会長宅へ。会報発送のお手伝い。スタンプを押したり、宛名シールを貼ったり、切手を貼ったり、封筒に会報を詰めたり。ま、日本冒険小説協会会報の発送のお手伝いもした事があるので、手馴れたもの。

会長のご好意で音楽をかけながらの作業だったのだけど。
ふと、聞いたことのあるフレーズが流れてきました。「会長、これ、なんていう曲ですか?」と尋ねると、サスペリア2という映画のテーマ曲だとか。そうかぁ、原典はこれだったのかぁ。会長はこの映画の監督とミュージシャンの大ファンだとか。あたしはホラーとかスプラッタとか苦手で見てないのですが。つうか、自分の指切って血がドクドク流れ出すのを見ただけで失神したことありますが…。戦争映画とかは好きなのにね。

思ったより作業は早く終わり、新宿へ。新宿Motionのヒビウリプーってライブを観に。ただ、ちょっと早く着きすぎました。しょうがないので久しぶりに新宿駅脇のションベン横丁でソイ丼、それからぶらっと歌舞伎町へ。

歌舞伎町のコマ劇場前の広場でなんかイベントをやってました。ふと舞台に目をやると、どこかで見たようなコスチュームに身を包んだ方。
以前、日比谷カタンさんのライブで拝見したことのあるハナケンゴさんでした。

開場時間になったのでMotionへ。

今回のライブはヒビウリプー。
日比谷カタン(http://anorexia.k-server.org/top/top.html)さん、
URiTAさん、
OCCURPOOさん、
の三人会ライブです。

ヒビウリプーはだいぶ前、三軒茶屋Grapefruit Moonで拝見しています。その時がURiTAさん、OCCURPOOさん初見だったかしら。

今回、各出演者1時間持ちということで楽しみにしていました。だいたい、ライブというのは各出演者40分持ちくらいです。短いと30分くらいの事もあります。1時間となると大盛りですな。
∩( ・ω・)∩バンジャーイ

あと今回、入場時に払う1ドリンク代5百円のところ、1千円払うとドリンク飲み放題コースがついてきます。ライブでは、いつも懐具合を気にして思うように呑めない私としては大歓迎です。
∩( ・ω・)∩バンジャーイ

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2007/05/27

血と薔薇の夜

22日、金曜日は渋谷の青い部屋に電氣猫フレーメンさんたちの公演、「血と薔薇の夜」を観に行きました。

電氣猫フレーメンさんは役者さんの常川博行さん、元・VEXATIONのピアニスト、永井幽蘭さん、黒色すみれのヴァイオリニスト、さちさん、それから人形作家さんでもいらっしゃる由良瓏砂さんがメインメンバーのユニットと把握しておりますが。今回は詩人の方が参加しての編成。

今回の公演はブラム・ストーカーの小説・『吸血鬼ドラキュラ』出版110周年ということで、ドラキュラをモチーフに、電氣猫フレーメンの歌と寸劇、常川博行さんの朗読劇、そしてゲストの富士山フレディさんのダンス、という趣向でした。

ドラキュラ、というと、日本冒険小説協会・内藤陳会長を思い浮かべますが。青い部屋のトイレに向かう途中の通路、千社札がいっぱい貼ってあるところに、会長の千社札が3枚ほど貼られています。

幽蘭さんの歌とピアノ、久しぶりに楽しみました。しゃあみんさんは時々ライブでばったりです。FOOLさんはどうしていらっしゃるのかなぁ。

今回のライブ、オリジナル特製カクテルが4種類ほど、試したのは「ナイト・チャイルド」と「エリザベート・バートリー」だったかな?「ナイト・チャイルド」はミント味。「エリザベス・バートリー」はズブロッカベースのブラディ・メリーでした。

21世紀の都会暮らしのドラキュラかぁ。ま、たいていは飢え死にするかもしれませぬけど…。

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2007/05/25

ちょっと心配

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070524-00000188-jij-soci
『ベビーカー挟み電車発進=約20メートル引きずる-男児と救出の男性軽傷・山手線』
昨日、山手線が事故で遅れてたのはこのせいか…。

東京メトロ丸の内線ではホームドアの導入が進んでいるみたいです。ホームの端にフェンスをつけて、フェンスのドアから乗り降りするって方式。南北線みたいに完全にホームと線路を遮断するって方式じゃありませんが。でも、いいことだと思ってます。ホームからの転落事故は防げるし、飛び込み自殺もある程度は防げるでしょう。

ただ、一部の駅で、取り付け工事が終わってるようなのに運用されてない、つまり、ドアが開きっぱなしの駅があるのが気になります。フェンスと車両の間に挟まれる事故が起きるのではないかと。例えば、上記のような事例だと、乳母車はフェンスと車両の間に巻き込まれて、もっと重大な事故に繋がったのではないかと思いますが。

ま、ほんとうに、そういう事故が起きる確率はきわめて低いのだろうと理解しています。
ただ、いったん気になりだすと気になってしかたがないですな。私、どっかパラノイア的性格なのかもしれません。

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2007/05/24

サウンドカード増設

今使っているASRockの939SLI-eSTA2というマザーボードにはオンボードでRealtekの“High Definition Audio”というのが載っています。前にちょっと書きましたが、こいつが時々音飛びします。ま、ドライバがこまめに更新されているようなので、そのうち直るだろうと待っていたのですが。ぜんぜん直りやがりません。
オーバークロックが原因かなぁと思ってしばらく定格に戻して使ってみましたが、それでも音飛びは発生します。

さすがにじれてきたので、サウンドカードを増設する事にしました。

いちおう、手元にはVIAのENVY24HT-Sの載ったサウンドカードがあるのですが。これは以前試して、ドライバのインストーラが固まりやがりました。それからドライバもアップデートされてませんし、これは939SLI-eSATA2には使えない、と。

しょうがないから安いサウンドカードを新規に買おうと。

で、例によって例のごとく秋葉原へ。

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2007/05/23

カンヌってば

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070522-00000001-ykf-ent
松ちゃんカンヌで“洗礼”「監督の才能ないのでは」
とか。

ここ数年の邦画のカンヌ映画祭出品作はまったく観てないので、映画そのものについては云々する資格はないのですが。
ただ、ここ数年の、マスゴミの、カンヌフィーバーは嫌いです。

例えば、たけし映画なんて、映画祭前から提灯記事のオンパレード。もう賞をとったような物言い。上映があれば「スタンディングオベーションで客席は大興奮の坩堝」とか。
で、賞を取れなかったら、「観客から不満の声」ですか?頭イタイです。

もし、賞がとれないことに不満があったら、記者が自分の責任できっぱりと反論記事を書けばよろしい。それから逃げて「観客から~」っていう書き方にする。

カンヌ映画祭は世界中から作品が出品されて、鎬を削る勝負だと思いますが。
そういう場で無邪気にウリナラマンセーの脳内お花畑満開記事を書き散らした挙句、賞が取れなかったら審査員に噛み付く、しかも、自分で、自分の見識できっぱり と反論記事は書けず、「観客から不満の声」なんて検証不可能な責任逃れの記事を書く。
いや、サクラでも仕込んで、彼に不満だったと言わせれば、それだけで 「観客から不満の声」って記事は書けるんだけど。

つうか、そういう物言いのマスゴミって、ほんとは映画の事とかぜんぜん思い入れないんじゃない?結局たけしフィーバーとかをでっち上げ、それに混ざって騒ぎたいだけで。
じゃなきゃ事前にもう、他の作品もまともにチェックせずに、たけし映画が賞を取るって決め付けられないんじゃないかなぁ。

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2007/05/22

日本怪魚伝

『日本怪魚伝』(柴田哲孝:著 角川学芸出版:刊)
読了。『下山事件 最後の証言』で去年の日本冒険小説協会特別賞を受賞された柴田哲孝さんの作品。釣りとか、「人と魚」をテーマにした短編集です。

柴田哲孝さんは『下山事件 最後の証言』を拝読しました。ただ、私は、ややこしい人間関係、利害関係を把握する能力が足りてないので(おかげで何度も人間関係しくじった事があります)。ちょっとややこしかったですが。
ただ、そういう陰謀のために、人の命が将棋の駒のように弄ばれる事、には怒りを感じました。

いや、ほんとここんとこ小説が読めなくなってきていて。ノンフィクションばっか読んでます。日本冒険小説協会会員として失格ですな。
で、ある意味リハビリとして本書を選びました。

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2007/05/21

偏陸さんの写真展

昨日は森崎偏陸さんの写真展、henriX「my self portrait」を拝見しに下北沢のLA CAMERAへ。森崎偏陸さんは寺山修司の右腕として活躍された方であります。今年の5月4日、寺山修司の御命日に高尾霊園で偏陸さんにお会いして、今回の写真展の案内状を頂きました。

会場のLA CAMERAは下北沢駅から歩いて10分くらいのところ…、だったんですが、見落としてしまい、気が付いたら太子堂の商店街まで行っちゃいました。電話して、行き過ぎたみたいだから、ホテホテと戻って。

会場のLA CAMERAは小体なギャラリーでした。荒木経惟さんと関係が深い場所かなぁ、昔読んでた『写真時代』という雑誌でよくLA CAMERAの名前を見かけたような記憶があります。

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2007/05/20

溶鉱炉

土曜日は恋川春町さん主催のポエトリーリーディング&音楽のイベント、「溶鉱炉」をちょっとだけ覗いてみました。チバ大三さんと水晶の舟さんがご出演ということで。
ポエトリーリーディング10分、音楽は30分という持ち時間でした。

まだ、私はポエトリーリーディングという表現スタイルに良くなじんではいませんが。
リーディングのスタイルはさまざま。
う~ん、あるレベルに達すると、表現スタイルのいかんに関わらず、「見せる」物となっているような印象を受けましたが。レベル、なんて言えばいいのかなぁ、徹するというか、迷いがないというか、吹っ切れているというか。

例えば、無力無善寺の無善法師さんの演奏。無善法師さんはコードが2つしか弾けないという話を聞いたことがありますが。でも、聞かせる演奏になっている、と。無善法師さんが“行ってる”方だからと理解してるのですが。ポエトリーリーディングも同じ事がいえるような気がします。

リーディングの方の、詩を書き付けたもの、さまざまでした。大学ノートから、グラビアを貼りあわせた手製のもの、反故紙を綴ったものまで。そういうの、面白く思いました。
そして、リーディングの方が手にしている、その、詩を書き連ねた紙が小刻みに震えていたりして。表現の場に立つというのは大変なのだなと感じました。

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2007/05/19

VGAクーラー

もうここ数年になりますけど、ビデオカードのクーラーはファンつきが普通になりました。
しかし、なんか、このファンの故障が多いです。
RADEON8500LEのクーラーはファンが壊れて交換したし、RADEON9600なんか、オリジナルクーラーのファンが故障して交換しましたが、交換した品物もまた故障しました。

どうしてなんでしょうかね?ビデオカードのファンって構造上、上下さかさまについてますが、それがファンの寿命を縮める結果になってるんでしょうか?それとも、小さく作らなきゃいけないので無理がかかってるんでしょうか。

今使っているHISのRADEON X800GTOビデオカードも、「ATI純正より11度冷える」っていうのがうたい文句のダクト式でケース外排気式、2スロット占有型のビデオカードクーラーがついていたんですが、ここんとこガラガラという異音がしてきはじめました。

分解してみると、ファンの軸受けがヘタってきているのか、ファンが下がってきて、ダクトの空気取り入れ口にファンがぶつかって音をたててるようです。

こいつを買ったのは2005年の11月。つまり1年半で故障ですな。こんなに寿命短くていいんかな?カスタムグレードのビデオカードクーラーと思いますけど?ま、コアゲーマーは1年半も同じビデオカード使わないってか?

応急手当として、ダクトの上下のつなぎ目にスペーサーをかまして、ダクトの空気取り入れ口が少し下がるようにしてみました。これで異音はおさまった…かと思ってたら、まだ時折カチカチという音がします。もうちょっと下げてみようかと思いましたが。だましだまし使うより、交換した方がいいかなぁと思って。

で、秋葉原へ。

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2007/05/18

“自我”という病

「社会派くんが行く!RETURNS」
http://www.fugra.tv/shakaiha/data/index.html
というサイトにおいて、唐沢俊一さんがバージニア工科大学銃乱射事件と長崎市長射殺事件について緊急寄稿としてお書きになっていた文章に、“近代自我という病”という言葉がありました。今は削除されてなくなってるので、記憶で書いているんですが。また、上のサイトで唐沢俊一さんの「分際をわきまえろ」というような発言があったと記憶しています。

唐沢俊一さんはけっして外部の人間としてそういう事を批判している方ではないようです。
他の唐沢さんの文章を拝見すると、唐沢さんご自身がそういうことに苦しめられた、その経験の結果としてそういう事をお書きになってると、私は理解しています。

私も最近、そういうようなことをよく考えます。

それは、ひとことで言えば、今時の人たちは“膨れ上がった自我”というのを持っていて、その自我と世界の軋轢に苦しめられている、と。もちろん、人は“自我”を持ってないと生きていけないのは理解しています。

ほんと、何度も何度も書いていますが。

「いま・ここ」に薄くスライスされた現代人。地縁血縁宗教など、歴史や地理の束縛から解き放たれた現代人。彼らは束縛から解き放たれ、自我はどんどん肥大していった。だけど、逆に、それらが与えていた「自我の安定」というのを失い、肥大した自我はその不安定さに苦しむ事になった。

その不安定さゆえに、現代人は新しい「自我の支え」を求めるようになったと。「特別な人間」である事を求めるようになったと。そのための努力が、技術や芸術や科学など、現代社会を“発展”させた大きな原動力かもしれない。

しかし、その、自我と世界の軋轢に苦しむ人も多く、それが現代人の心の病の根っ子になってるのかもしれない。いや、苦しみゆえに、その苦しみから逃れようとするから、社会の“発展”が加速されたのではないかしら。「幸せを求める」という方向性より、「苦しみから逃れる」という方向性の方が強いですから。

唐沢俊一さんは「分際をわきまえろ」とお書きになっていますが、そう言われてハイそうですかと簡単に肥大した自我をシュルシュルと萎ませる事なんてできっこない。唐沢俊一さんご自身がそんな事簡単にできっこないとお分かりになっておられるようですが。

そして、わたし自身、自分の肥大した自我に苦しんでいる人間のひとりだと思っています。

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2007/05/17

ぱんつのはなし

松本零士の『男おいどん』、主人公の大山昇太は縞柄のサルマタを愛用しています。
「なんせシマは汚れが目立たん」だからだそうですが。
『男おいどん』を初めて読んだのは高校時代。そのころは私、白ブリーフでした。で、この台詞の意味は良く判らなかったんだけど、母親に頼んで縞サルマタを買ってきてもらってはいたりしました。でも、トランクスはズボンに入れにくくて、まだ白ブリーフがメインだったんですが。

ひとり暮らしを始めて、「なんせシマは汚れが目立たん」の台詞の意味を思い知らされることになります。
まぁ、私がひとり暮らしを始めたころはコインランドリーが当たり前にあったから、大山昇太みたいに汚れたサルマタを押し入れいっぱいに溜め込むような事はありませんでしたが。洗濯はせいぜい一週間にいちど、そういう状態では、白ブリーフの股間は見る見るうちに黄ばんできました。

それ以来、私も柄物のサルマタを愛用するようになりました。また同時に、白ブリーフを愛用していられる幸せ、こまめに洗濯してくれる誰かがいる幸せ、というのにも気がついたのですが。

今、パンツは10枚強持ってます。毎日替えて、週一洗濯、乾燥待ち、と考えるとそのくらい要りますな。

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2007/05/16

ネット右翼たち

東亜日報より
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=050000&biid=2007051648248
「新世代の「ネット・ナショナリズム」、3国間摩擦の火種に」
だそうです。“3国”とは、韓国、日本、中国の3カ国です。

パソコンを触りだした頃に買った、パソコン雑誌の付録CD-ROMに劇場版『攻殻機動隊』の予告編の動画が入ってました。「パソコンで動画が見られるんだあ!」と感動して何度も何度も見たのだけど。ちょうどその頃は士郎正宗にはまった知り合いがいて、ススメられるままに、士郎作品は色々読んでいたので、映画館で『攻殻機動隊』も観ました。

その予告編の冒頭、ナレーションで「ネットが世界を覆っているが、人々の差異まではなくなっていないくらいの未来」というようなナレーションが入ります。通信網が進化し、世界中の人々が自由に情報をやり取りできるようになれば、相互理解が進み、国家間、民族間の差異も解消され、世界は平和になる、という考え方ですね。

こういう考え方を持った人はコンピュータ時代以前にもあって、それをゲリラ的に成し遂げようとした人たちもいたようです。例えば電話のクラッキング。キャプテン・クランチとか。『キャプテン・クランチ』というシリアルのおまけの笛を、長距離電話をかけるとき、あるタイミングで鳴らすと機械が誤作動して電話がタダがけできるとか。その方法を発見した人は、「情報の流通が無料化されて、人々がたくさんの情報をやり取りできるようになれば、世界は平和になる。」という信念のもと、そのやり方を広めたそうです。

まぁしかし、その考えは実は逆で、情報流通の低コスト化、自由化が進むと、かえって国家間、人種間、民族間の反目が激化してしまう、という結果になりつつあるようです。ネットウヨクの跋扈を見るに。

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2007/05/15

夏物

というわけで、この前の日曜は夏物と冬物の入れ替えをしてました。
冬物、厚手のシャツとかズボンとか、段ボール箱に入れて押入れへ。
そして、フリース類とか着てた奴はお洗濯、乾いたら押入れへ。
厚手のジャンパー類はもうクリーニングが済んでいたのでこれも押入れ。
綿入れ半纏を前回の日記にあるようにクリーニングに出しました。回収を忘れないように。
半そでシャツ類、半ズボンを出して、入れ替えて。

コタツもコタツ布団を外してテーブルモード、というか、PCのモニターがでんと乗っているのでテーブルとしては使えません。
PCラックを買おうか、折りたたみのテーブルかちゃぶ台を買おうか思案中です。PCラックを買うとなるとかなり部屋の配置がきつくなりますが。

実はヘリコプターのフライトシミュレーションが遊びたいのです。でも、固定翼機のフライトシムならフットペダルなしでも何とかなりますが、ヘリコプターだとどうもフットペダル必携のようです。昔買ったMSのフライトシムがそうでした。コタツで座ってフライトシムだとフットペダルが使えません。

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2007/05/14

ゼツヱシヲン

昨日は日比谷カタンさん企画ライブ『ゼツヱシヲン・東京分離派展10~歌劇ウスロヴノスチⅠ』を観に新宿・redclothへ。

日比谷さんご自身の企画ライブは久しぶりのような気がします。そのせいか金曜日あたりからだいぶドキドキしてました。さすがに日比谷さんのライブは何度も行って、何日も前からときめいているなんて事もなくなってたんですが。なんか好きな女の子と初めてか久しぶりにデートするときみたい。

出掛け、クリーニング屋さんに出す洗濯物を持って出ました。が、なんか悪い予感がしてたんですが、いつものクリーニング屋さんは臨時休業。で、めったに行かないクリーニング屋さんへ。そこは私の歩く道すがらではいちばん安いんですが、なんかそこの空気が好きじゃなくて、あまり行きません。いや、汚いとかそういうんじゃないんですが。どことなく荒んでいるというか。ま、最初に行ったとき、お客さんがぎゃあぎゃあ文句を言ってたせいでしょうが。

しかし、そのクリーニング屋さんは大混雑。貼り紙を見るとセール最終日みたいです。その夕方だから混むわな、そりゃ。腕時計とにらめっこして、間に合わないかなぁ、しかし、洗濯物片手にライブという訳にはいかんしなぁ、と。ま、洗濯物を預けて駅に駆け込みました、が、前の電車が発車直後でちょっと待たされて。

新宿三丁目で地下鉄を降りても、謀ったように目の前で信号が赤になったり、伊勢丹の駐車場からぞろぞろ車が出てきたり。急ぎ足になりながら(体型的に走るのは無理です)、こ、これは?なんかのルートに入ってないか?とだんだん思ってきたりして。

たぶん、急ぎ足で歩いているぼくは、トーストを口に咥えて駆けてくる女の子とそこの曲がり角でぶつかるんだ、そして、ぼくはその子と恋に墜ちるんだ、ヤッタネ!

…などど思っていると、日清本社横あたりで見慣れたひょろ長いシルエットが…。あわわっ!!いつもお世話になっている日本冒険小説協会・内藤陳会長でした。会長とすれ違うための運命の計らいでしたか。かわいい女の子と出会うんじゃなくて…orz
会長のお住まいが近所だから、お見かけして当たり前なんですが。
つうか、会長ご入院中でわ?

ま、7時ギリギリでRedCloth着。7時を15分ほど回って開演でした。

当日のご出演は、
日比谷カタン(http://anorexia.k-server.org/top/top.html)さん、
三村玲士(http://mimurareni.seesaa.net/)さん、
そして、ちんどんブラス金魚さん(http://kingyo99.exblog.jp/i3)、
でした。

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2007/05/13

電脳コイル

昨日の土曜日、夕方6時30分から、NHK教育で『電脳コイル』というアニメが始まりました。第1話を観てみました。
電脳コイル、公式サイトは
http://www.tokuma.co.jp/coil/
です。

いや、もう、『電脳メガネ』というガジェットに一発でやられました。
舞台は今よりちょっと未来、20年先くらいのお話みたいですが、その時代、『電脳メガネ』という品物が子供たちを中心に普及しています。

電脳メガネというのは、現実世界の風景に電脳空間の風景を重ね合わせて表示できるデバイスみたいです。本作初登場か、他のSFとかでこういうガジェットがあったかどうかは知らないんですが。ま、例えば、現実の風景とデータ表示を重ね合わせて表示する、とかいう品物なら、小説とか漫画とか映画とかで見かけますが。でも、それらは現実の風景とコンピュータの表示は区別がついたわけで、こういう風に現実の風景とヴァーチャルな風景をシームレスに、区別できないように表示するというアイディアは今までなかったような気がします。
いや、私はそんなに小説とか漫画とか映画を見てる方じゃないから、もうあったアイディアかもしれませんが…。

例えば、主人公の女の子は「デンスケ」という名前の“電脳ペット”の犬を飼っています。デンスケは電脳メガネをかけてれば現実の犬のように見え、触ったり抱きかかえたりもできるみたい。もちろん、飼い主の女の子だけじゃなく、電脳メガネをかけている人なら誰でもです。

えぇと、つまり、電脳ペットの原理でかわいい女の子をこしらえれば、キモメンの私でも自分の理想の、かわいい女の子と現実世界でデートできるわけです!

例えば、『ルサンチマン』という漫画だと、主人公のキモメンのたくろーは、電脳空間で仮想世界のかわいい女の子と恋に落ちるのですが。ここまでのアイディアはあったのですが、『電脳コイル』の世界なら、現実世界の中で電脳世界のかわいい女の子と逢瀬を楽しめる、と。

∩( ・ω・)∩バンジャーイ

いやいや…。

さて、お話は。(以下ネタバレゾーンにつき)

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2007/05/12

陸上防衛隊まおちゃん

前にもちょっと書きましたが、日曜深夜のアニメ、『陸上防衛隊まおちゃん』を録画して観てます。同じく日曜深夜のアニメ・『瀬戸の花嫁』とこのアニメの録画を見るのが、月曜帰宅しての楽しみです。

『陸上防衛隊まおちゃん』。“陸の防衛隊”鬼瓦まお、“空の防衛隊”築島みそら、そして“海の防衛隊”丸山シルヴィア、8歳の小学校に通う女の子3人が「かわいいエイリアン」と戦って日本を守るというお話。

「かわいいエイリアン」というのは、まるで動物のぬいぐるみのような姿をしたエイリアン。ガチャポンのようなカプセルに入って地球にやってきます。
で、ものものしい防衛隊がそれを撃退すると残酷だ、かわいそうという声が上がるのを懸念した政府が彼女たちに防衛を依頼します。

3人は仲良しだけど、それぞれのおじいちゃんが陸海空の幕僚長で、そっちの方はライバル意識でいつも仲たがいをしている、と。

彼女たちは最初にやってきた「かわいいエイリアン」から入手したクローバー型のアイテムで変身します。軍楽隊のバトントワラーみたいな衣装。身体能力はまったく変化がないようですが、「草薙の力」を秘めたバトンを使ってエイリアンを攻撃したり、3人が力を合わせて“防衛結界”を作ってエイリアンを封じ込めたりできます。

『まおちゃん』は新番組ではなくて再放送とか。もともと2002年制作で、何度か再放送されているようです。

ま、ゆるゆるっと観てます。女の子たち、萌というより単純にかわいいです。ほんと、この子達くらいかもっと上の子供がいてもおかしくないトシですが。ま、子供がいないから、子育てに手を焼いた経験がないから、単純に子供をかわいく思っていられるのでしょうが。

戦闘シーンは妙に緊張感があります。怪獣物定番な住民の避難シーンとか、自衛隊とか対怪獣部隊の支援攻撃のシーンもなく、人気の無い街中とかで、静かにエイリアンの来襲を待つというかたちのせいでしょうか。なんとなくエヴァっぽいとか思ったりします。

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2007/05/11

インスタント菖蒲湯

また話が前後しますが。こどもの日の話。

去年引っ越しして先頭から内風呂になって。ちょっとさみしいなと思うのは、銭湯の薬湯に行かなくなったこと。
銭湯では、冬至は柚子湯、端午の節句は菖蒲湯、それからいつだったかは思い出せないけど、ラベンダー湯というのがあって。その日はヤクルト無料配布とかあってました。あと、なんかの記念日が秋ぐらいにあって、タオルを無料で配ったり。あと、夏場はうちわの無料配布もありました。骨がプラじゃなくてきちんと竹でできてるけっこう本格的な品です。

ま、柚子湯や菖蒲湯の日を忘れたり、グダグダしていて行きそびれてしまって、その翌日、まだ柚子や菖蒲の残り香がかすかに漂っている銭湯に入ると「損したなぁ」って気分になります。

そういう薬湯の時とかは銭湯に行きたいなぁとか思ってますが。まだ、アパートの近所の銭湯は見つけていません。あるにはあるという話は聞きましたが。

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2007/05/10

また久しぶりに深夜+1

昨日はお貸ししていた昔の会報とかの資料を引き取りに深夜+1へ。
ちょっと迷ったんだけど、飲んでいきました。
ボトルが埃まみれでやっぱりちょっと情けないです。

ほんと、昔はボトルに埃がたまるほど間を空けずに顔を出していたのですが。
ボトルに書いてあった入れた日付も1年超えてるし。

昔だと、だいたい週1回くらいは顔を出して、月1くらいでボトルを入れてましたが。

いや、まぁ、酔って迷惑をかけたこともあります。大言壮語したこともあります。
思い出すたびに恥ずかしくてキャッっと叫びたくなります。
今ではあえてそこらへんの記憶をまさぐらないようにしていますが…。

ボトルに残っていた量からすれば、そろそろ新しいボトルを入れたいんですが。
それはちょっとできず。
オンザロックでちびちびと。

でもやっぱり深夜+1は楽しいです。
ほんともちっと顔を出したいのですが。

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2007/05/09

恋の羊が海いっぱい

話は前後しますが。

4月27日、京橋のフィルムセンターに黒木和雄監督の『恋の羊が海いっぱい』『わが愛北海道』『日本発見シリーズ 群馬県』の3本立てを観に行きました。
『恋の羊が海いっぱい』の劇中歌を寺山修司が作詞しているというのが観に行ったきっかけです。

3本とも劇映画ではなく、PR映画やドキュメンタリーです。
フィルムセンターによる作品解説は
http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2007-04-05/kaisetsu_20.html
です。

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2007/05/08

スメルスケイプ・イリュージョン

書こうか書くまいか迷っていましたが、書きます。
なんか最近、臭いの幻覚を感じているかもしれません。

イメージフォーラムフェスティバルの時、絵の具をぶちまけるようなアニメーション作品を見ていたんだけど、その時、水彩絵の具の匂いがかすかにしました。その時は、まぁ、絵の具を持ってる人が近くに座ってるんだろうと思ったのだけど。

で、かわなかのぶひろ先生の『この一年』、ゴールデン街の居抜きの店を下見するシーン。梯子段を上がって、上の部屋を見るシーンがあったのですが。その時、しばらく空き家の埃の匂いが確かにしました。

「あれ、ヤバいかな?」とちょっと思っています。まぁ、連日の実験映画で軽い催眠状態になっていたのかもしれませんが…。
いや、これは幻覚ときちんと認識できるからいいのですが。他の局面でも幻覚を感じていたりしてるのでしょうか?例えば、ある人の体臭がきついと感じていて、ほんとはそれが幻覚だったりしてるのでしょうか?

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2007/05/07

イメージフォーラムフェスティバル6

さて、昨日はイメージフォーラムフェスティバル東京での最終日。
G、Hプログラムを観ました。かわなかのぶひろ先生の『この一年』、part1とpart2でした。
ラストかわなか先生の作品で〆られるというのはありがたい事です。

去年の春、かわなか先生が造形大を定年で退官される。そのことからお話が始まって、煌翔での上映会で上映された作品のダイジェストとか、造形大でのかわなかのぶひろ特集の様子とか描かれています。

片付けられていくかわなか先生の研究室の様子。『月刊テラヤマ新聞』がチラッと写ってたり。ゴールデン街の「チルドレン」の新装開店の様子とか、アングラ仲間の、去年亡くなられた牧朗さんのこと、脳腫瘍で亡くなられた、ゴールデン街の仲間だったドキュメンタリー監督を偲ぶ会の様子。急死した唯尼庵のきーよさんの事。

三上寛さんは唯尼庵で一時期働いていた事があって、かわなか先生ときーよさんが三上寛さんのライブに行った翌早朝、きーよさんは亡くなられたそうです。「夢は夜ひらく」をリクエストされたとか。4日、無善寺ライブで三上寛さんは「夢は夜ひらく」を歌われました。

そして、part2の後半部分はまるまる、1989年に中上健次が熊野で主催した石橋幸のライブの様子が写されています。前半は中上健次、都はるみらを交えてのトークショーと、石橋幸の歌のシーン。石橋幸はソ連の虐げられた人たちの歌を発掘して、ロシア語で歌う方なのですが。

トークショー部分では長回しをどさっと突きつけてきます。
確かに、そういうスタイルにしないと中上健次たちの話は感得できないかと思うのですが。。
あとのトークでかわなか先生もおっしゃっていましたが。
普通の番組なり映画なりなら、例え本意が伝わらなくても、見せ場を残してバサッと切るか、もちろん商業作品ならカメラマンをたくさん使って、アングルを切り替えたりするのでしょうが。

あと、会場で展示されていたインスタレーション作品について。

伊藤隆介さんの『オデッサの階段』と、奥山順市さんの『8ミリ・ミシン』の装置。
『オデッサの階段』、ターンテーブル上に階段がしつらえられ、ぐるぐる廻るその上を乳母車がゴトゴトと動くようになってます。それをCCDカメラが映して、スクリーンに投影されるようになってます。階段は上り下りはない、刻み目みたいな感じになってるけど、カメラアングルの具合で乳母車がずっと階段を下っているような様子が映し出されています。『戦艦ポチョムキン』のあの有名な、乳母車がひとり階段を落ちていくシーンがエンドレスに続くという趣向です。会期中ずっと落ちてたわけですね。

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2007/05/06

イメージフォーラムフェスティバル5

さて、昨日もイメージフォーラムフェスティバルへ。E、Kプログラム。

Eプログラムは「日本5」として、国内作品。抽象的というかコンセプチュアルな作品がメイン。ある意味いちばん“実験映画”らしい作品群。

『版#26-29』(伊藤隆介/16ミリ/8分/2007)
フィルムをフィルムの上に乗せて感光させるという手法で作られた実験映画です。これもファウンド・フッテージというのかなぁ。

『タガ・クロス・イズ・アライブ』(万城目純/8ミリ/30分/2007)
ロタ島の風景を映した8ミリをベースに、リアルタイムのパフォーマンスをつけて。

寺山修司に『蝶服記』という実験映画があります。「遮られた映画」。映写機とスクリーンの間に異物が挟まり、映像が遮られるという作品ですが。『書を捨てよ町へ出よう』でもそうですが、また、寺山演劇もある部分そうですが、“映画”というシステムの不安定さというか儚さというか切なさというか、そういう部分をメタに遊んでしまうというところがあったような気がします。

映写室の中で、リアルタイムに、映写機の前にいろいろな夾雑物を挟み込んでの上映でした。
Eプログラムの上映は5月1日にもあって。それはさらに万城目さんのライブ・パフォーマンスつきだったそうで、そっちのほうを見たかったです。

『No is E』(牧野貴/8ミリ→ビデオ/23分/2006)
数年前からイメージフォーラムフェスティバルでは「寺山修司賞」というのを設けています。今回は本作が寺山修司賞受賞作。
アップリンク・ファクトリーで行われた、牧野さんの映像と色々な方の音楽のコラボレーションシリーズの1篇だそうです。本作の音楽はジム・オルークさんとか。

暗闇にきらきらとほのかに輝く、金粉をちりばめたような映像。その輝きが強くなっていくに従い、音楽も盛り上がり。

そして、Kプログラム。特集「グッバイ“スタイリッシュ”」シリーズの1プログラム。
『みっともない身体:キマイラたち』とか。えぇと…、“みっともない身体”のあたしとしてはちょっとグサっとくるタイトルです。

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お墓参りと実験映画とライブの日

5月4日は寺山修司のご命日であります。で、高尾霊園の寺山修司のお墓にお参りに行きました。今年はひとり。ま、お誕生日のお参りも含めて、大勢で行った年もあればこういう風にひとりで向かう年もあります。
高尾駅の霊園送迎バスの乗り場でテラヤマ新聞の稲葉さんにお会いして。

少々遅れて送迎バス着。何でかなぁと思ったら、霊園に向かう細い道が大渋滞です。運転手さんのお話によると、甲州街道の抜け道と思って入ってくる車がたくさんあるとか。しかし、抜け道と思って入ったらこのような大渋滞で。ばっかみたい。つうか、あたしの住んでるアパートの近所の道も抜け道になってるのか、狭い道を車がびゅんびゅん走ってます。道端に花が飾られているところもあって…。どうにかして生活道路を抜け道や裏道にされない方法、規制方法はないのかしら。住民の迷惑を考えない運ちゃんにはたっぷり切符切ってやって欲しいです。

お墓参りを済ませて。2001年のテラヤマバスツアーに参加して、それからいろいろ動き始めて、たくさんのご縁があって。寺山修司のおかげです、というか、寺山修司の掌の上で遊んでいる感じがします。私の役どころはまだ解らないのですが。

6月はじめに『青ひげ候の城』をかけるA・P・B-Tokyoさんの皆さんに混ぜていただき。ありがとうございました。
私はお墓参りの時は、高尾霊園の食堂でお昼ご飯を食べるのですが、ちょっと事情があって甘味セットを食べました。蕨餅と小豆白玉と抹茶アイスに渋茶がついているセット。おいしかったです。

で、名残惜しかったのですが、高尾駅に戻り、今度は新宿へ。イメージフォーラムフェスティバルDプログラム。会場のパークタワー方面へ抜ける地下道の途中、ちょっと脇に入ったところにあるゴーゴーカレーで昼食兼夕食。「メジャーカレー」。メジャーカレーというのはスペシャルメニューで、大盛りライスの上に素揚げしたウィンナ2本と、トンカツとチキンカツと、ゆで卵とエビフライと千切りキャベツが乗っている品。4時過ぎでしたが、もう晩メシを食べる時間的余裕はないので、これだけ詰め込めばもつだろうと。

で、パークタワーホールに着いて、Dプログラム。「日本4」。また何本か書きます。

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2007/05/03

のんびりと

今日は特に用事がなく、のんびりと。洗濯物をやっつけたり、ゲームで遊んだり。
心が落ち着いているなら、こういう一日がいちばんいいです。

何をしなくても 別にいいよ 今日は お休み
何をもしてても この地はまわる 明日は また やってくる

(Go Everywhere(鈴木美紀子)「わたしとたいよう」)

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普通に生きられない人たち

『普通に生きられない人たち~私たちは人格障害とどうつきあえばいいのか~』(磯部潮:著 河出書房新社:刊)
読了。磯部潮さんは名古屋で「いそべクリニック」を開院されていて、実際に心を病んでしまった患者さんに接していらっしゃるお医者さんです。

人格障害、その中でも典型的な境界性人格障害を中心に、その症状の解説と、境界性人格障害を抱え込んでしまった人への接し方、そして、境界性人格障害を抱え込んでしまったらどうしたらいいか?について書かれた本です。

まず、断りを書いておかなきゃいけませんが。
体の病もそうですが、心の病に関して、中途半端な知識であたってはいけないと思います。自分に対しても、ましてや他者に対しても。中途半端な知識と決め付け、そして、対処するのは。
まず、そういった病気を抱え込んでしまったら、きちんと精神科医にかかるべきだと思いますし、また、そういった人たちに常に接しなければいけない立場になったら、例えば家族とか恋人とか親友がそういう病を抱え込んでしまったら、「どう接したらよいか?」きちんと医師のアドバイスを受けるべきだと思っています。

ただ、私は、こういう心の病に関心があるし、そして、私自身、心の病を抱え込んでしまってるかも?と思っているので、こういう解説書に手を出したりします。ま、難しいのはちんぷんかんぷんなのですが。

磯部潮さんの本は、光文社新書から出ている『人格障害かもしれない~どうして普通にできないんだろう~』を読んだ事があります。

中年の域に入って、いろいろ取り返しのつかない年齢なんだけど。「どうして普通に生きてこられなかったんだろう」といつも自問自答しています。故郷の大学をきっちりと出て、公務員か、給料はそこそこだけど倒産やリストラで放り出される心配はしなくていいような会社に入って。お見合いで奥さんをもらって所帯を持って。子供をつくって育てて。
今ごろは子供の進学先か、それとも家かマンションでも買おうかとか頭を悩ませていて。
日曜日は白い車を洗い、時には家族でドライブに出かけ。
楽しみといえば、テレビを見ながら枝豆にビール。でも、そろそろ子供にお金がかかる時期だから、ビールも控えめにしなきゃなあとか思っていて。

なんで、そういう「普通の生き方」ができなかったんだろう、ってよく考えます。もう取り返しのつかない年齢なんですがね。
特に「特別な生き方」を望んだわけじゃありません。アーチストになろうとか、そういうことを望んだ事はありません。ごくごく普通に生きてきて。でも、気がついたら普通じゃなくなっていて。ほんと、どうして普通にできなかったんだろう…。

『人格障害かもしれない~どうして普通にできないんだろう~』という「どうしてふつうにできないんだろう」というサブタイトルに直撃されて、読んでみたんです。
『人格障害かもしれない』の方は、人格障害と呼ばれる心の病に対する解説、分類とか、磯部さんが診た患者さんの体験談とかありました。

で、『人格障害かもしれない~』で面白いなと思ったのは、いわゆる『破滅型芸術家』について書かれていたことと、境界性人格障害の患者さんが持つ、強力な『人を惹きつける力』の事でした。

『破滅型芸術家』。つまり、彼らの才能は、人格障害と分かちがたく繋がっているというお話。何人かのアーティストを挙げて。あと、逆に『破滅型犯罪者』も実例を挙げて考察していますが。『破滅型芸術家』はなぜ破滅型の人生を歩んでしまうか。彼らの破滅的な人生とその芸術の才能はどういった関連があるのか、不思議に思っていましたが。
もちろん、他の理由で破滅型の人生を歩んでしまう芸術家もいるだろうし、すべての芸術家が破滅型の人生を歩むわけではないし、また、人格障害があるからといって、すべての人が芸術家の才能を持ってるわけじゃないでしょうが。

それと、境界性人格障害の人が持っている、強い、「人を惹きつける力」。もちろん、それは芸術家としての力としても有意なんでしょうが。しかし、境界性人格障害の人は安定した人間関係が築けず、結果としてそうやって引き込まれてしまった人を振り回す事になると。
それは、患者と一定のスタンスを保つ事が義務である精神科医も思わず取り込まれ、振り回され、精神科医を廃業したり、自殺してしまった精神科医もいるそうです。

『人格障害かもしれない~』はそういった部分をとても興味深く読めたので、『人格障害かもしれない~』に続いて本書『普通に生きられない人たち』を手に取ってみたわけです。

んで、『普通に生きられない人たち』に話題を戻して。

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2007/05/02

イメージフォーラムフェスティバル4

昨日は会社を半ドンしてイメージフォーラムフェスティバルへ。
M、Cプログラム。
また、気になって、なおかつ“書ける”作品について書きます。

Mプログラム、「風景を曲げる」とか。
ありふれた風景。しかし、ありえない風景になって。

『ムービー・マップ』(チップ・ロード/ビデオ/9分/2003/アメリカ)
実験映画の手法として、ファウンド・フッテージというのがあります。
既存の映像を素材として使うこと、かなぁ。あたしもよく解ってないんだけど。
それはメジャーな劇映画だったり、誰かが撮った映像だったり、場合によっては自作だったりするのだけど。それを引用したり、加工したりして新しい作品にこしらえます。

本作は、お店とか劇場かなぁ、それの映像に、既存の映画のシーンを繋げて。
ひとつはスティーブ・マックイーンの『ブリット』。あの、カーチェイスのシーンです。なんかほんと、見ているだけでアドレナリンがドバドバ出るシーンです。
もうひとつは解りませんでした。車を運転している男、運転シーンがしばらくあって、波止場に着いて。波止場では今まさに入水自殺する女の人がいて、男が彼女を助けようと飛び込むシーン。
その、本作品オリジナルの?お店の映像は、ひょっとしたら引用された劇映画に関連しているかもしれないけど。

『微気候の音』(セミコンダクター/ビデオ/9分/2004/イギリス)
不思議な風景。パティオにたちこめて動かない蒸気、帽子のようにビルにかぶさった雲。ここらへんは実写かCGか分からないんですが。たぶん、お名前からしてCGアーティストの方と思いますが。夜景の窓明かりがまるで蛍が一斉に飛び立つように散らばる様子とか、これはもちろんCGか何らかの画像処理を使っていると思いますが、幻想的です。

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2007/05/01

イメージフォーラムフェスティバル3

という方向で昨日はイメージフォーラムフェスティバルのF、A、Q、Jプログラムを観てきました。気になった作品を何本か。

Fプログラム「日本6」、Aプログラム「日本1」、両方とも日本招待部門&一般公募部門作品です。

Fプログラムより。

『タネ』(大力拓哉&三浦崇志/ビデオ/50分/2007)
モノクロームの作品。4人の青年たちが細長い箱を頭の上に抱えて山を登ります。登りの途中でひとり抜け。やがて山頂。しかし、彼らは山頂に着いて感慨にふけるでもなく、あっさりと下山します。そして下山途中、彼らはバラバラになり。
極めて初歩的な、外しているかもしれない読解ですが。“箱”は青春の、みんなで見た夢の象徴でしょうか。そしてあとに残るのは、腐りかけのレモンの味…。

『ポストの話』(萩原朔美/ビデオ/15分/2007)
いまや家々は高い塀で囲まれてしまい、外と内を繋ぐ縁側もなくなってしまったと。
そして外と内を繋ぐ窓。しかし、出入り自由の窓はもうポストしかなくなってしまったと。
窓、確かに。私のアパートの窓は締め切ってます。“遮光1級”のカーテンも締め切ってね。アパートが1階ということ、あと、駐車場に面していて人の出入りが結構あるせいですが。
萩原朔美さんかかわなかのぶひろ先生か、失念したんですが。窓を開けるとすぐそこが隣の家の壁で、そこに映写機でいろんな光景を映していたというお話を思い出しました。

『十七個の空間と一匹のウジ虫で構成された作品』(平林勇/ビデオ/14分/2007)
人間の意識を持ったままウジ虫に生まれ変わってしまった男の独白と、いろんな場所を這うウジ虫の映像を重ね合わせた作品。
男はアーチストだった人間。「どうして普通に生きられなかったんだろう。」と語ります。あたしも…。しかも、あたしにはアーチストというエクスキューズもありませぬ(涙)。しかも取り返しのつかない中年ですし…。これについてはある本を読んでいて、そのうち熱く語る予定ですが。
ま、自意識過剰は現代人の業病であると思ってます。『タクシードライバー』でトラヴィスが「人々は"morbid self-attention"に囚われている」と語った如くに。

ウジ虫。汚い場所にいるから汚いと思いますが、単独で見るとそう汚いという感じはしませんな。いや、私は、小さいころ、石をはぐってその下の虫を見るのが好きだったっていうこともあるでしょうが。
だいたい、今日、トイレは水洗だし、ゴミはきちんと収集されているし、日常的にウジ虫が沸いているのを見る機会がありませんから、ウジ虫を汚いと思う感性も鈍磨しているような気がします。
だいたい、あたしのいちばんきついウジ虫体験は、ネズミの死骸にウジが沸いていたことくらい。ウジってのは毛皮の内側に沸くみたいで、ネズミの死骸は原形をとどめているのに、眼窩や口の中にウジが蠢いていて、うへぇと思いました。でも、ほんと、いちどだけ。

だいたい実験映画のナレーションや台詞ってのは、ボソボソとくぐもったものが多いです。またそれが個人映画的な印象を深めてくれるのですが。でも、本作はきちんと役者さんかナレーションの訓練を受けたらしい人がやっているようで、朗々と聞こえてきます。そこらへんも本作に印象を形作るのに大きい部分かと。

しかし、AVなんかに顕著ですが、何で精液のことを“精子”と呼ぶのでしょうか?精子は精液の、いちばん大事だけど、一成分に過ぎないと思うのですが。やっぱり「これは子種である」というプライドがあるのかしらん。AVなんかそれこそ子種としてではなく、撒き散らすものに過ぎないのに。いや、だからこそか…。

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