« お参りに | トップページ | 遅くなる理由 »

2007/02/15

長い道

『長い道』(こうの史代:作 双葉社:刊)
読了。コミックスです。
実は本作を買ったのも、画像掲示板に作品の一部が貼られていた事がきっかけなんですが…。

こうの史代さんの漫画は『夕凪の街 桜の国』を読んだ事があります。廣島の原爆、生き残った者たちの悲しみ、しかし、それだけではない、心のつながり、暖かさというものを見事に描いた作品でした。
『夕凪の街 桜の国』についての私の感想は
http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2005/04/__97f3.html
です。

作品の構成は、3~4ページのショートストーリーを積み重ねた形になってます。
道と荘介、不思議な“夫婦”の物語。
道の父親は、酔った勢いで荘介の父親に、自分の娘、道を荘介の嫁にやると約束してしまう。そして、いきなり道は荘介の元にやってくる。その、道と荘介、ふたりの物語です。

う~ん、「ある日突然女の子がやってきて、一緒に暮らすことになる。」という物語は、漫画とかではよくある話かと思います。あたしだったら『うる星やつら』がすぐに思い浮かぶけど。歳がばれますが。
こうの史代さんの絵のタッチは『うる星やつら』とか、もともと“ありえない”物語を紡ぐよりは、ファミリー系?の、ある意味“リアル”な絵柄ではあります。

ま、ちょっと前なら親同士の決めた結婚ってのは当たり前だったのだけど。
上流家庭においては“家”の存続と発展のため、庶民なら働き手として。そして、子作りのため、と。そんなだった訳ですけど。
でも、今は、最低見合いでもして、お互い気に入らなきゃ夫婦になるべきではないという風になって。それはいいことだと思います。
だから、親の命令で見も知らずの男の許に嫁に行かされるってのは、ちょっと今の時代には違和感がありますが。しかも酒の勢いだし。

どう書こうかなぁ。やっぱり『恋愛資本主義』という観点から始めてみますか。

荘介は“ごくつぶし”タイプ。描かれ方が優男風で、それでちょっと中和されていますが。女好き、ギャンブル好き。働いても長続きしない。
『うる星やつら』で言えば、諸星あたる、ですな。ただし彼はリアル寄りの人間だから、肘鉄食ってばかりのあたると違って、きっちり女とデキてしまい、何日も帰ってこなかったりします。また、バクチと無職のダブルパンチで電気ガス水道電話を止められたりする事もあります。

彼は『恋愛資本主義』の側の人間。次々と女を変え、“恋愛”を“消費”していっている。そして、それにはお金が絡んでいて。
神を喪失した現代人の新たな神、恋愛、つまり、小谷野敦の言う『恋愛教』が世にはびこっていて。そして、恋愛を消費活動と分かちがたく結び付けてしまった、この消費社会。つまり、本田透さんの言う『恋愛資本主義』社会。
父親から電話があって、道の印象を訊かれた時の台詞が端的にそれを示しています。
「派手で金持ちでいつもつんけん怒っている女がおれは好きなの!」
「(道は)全然違うじゃん!!」(30p)

そう、道はそうではないみたい。稼ぎから家事まで荘介に尽くしてるけど。少なくとも“恋愛”を使い捨ての消費物とみなす人間ではないと。
じゃあ、彼女のそういう“尽くす”動機はなんなのかなぁ。道は恋愛というより愛着というか慈愛というか、“情”で荘介に接していると思いますが。でも、そこまでやるかと思います。

「でもわたし小さい頃からぼーっとしていて」
「こんなに頼まれたり、アテにされたりしたことなんてなかったから」
「ちょっと面白かったですよ!」(15p)

道のこの台詞に鍵があるような気がします。

『夕凪の街 桜の国』の最初の一編「夕凪の街」のヒロイン、皆実。
彼女は廣島の原爆を生き残ります。しかし、助けを求める人たちを見殺しにしたという負い目から(彼女自体そういう事のできる状況ではなかったのですが)、「生き残ってしまった」という負い目から、自分は幸せになる資格、生きていく資格がないと思い込んでいて。つまり、“自己否定”の気持ちを持ってしまっていて。
そして、彼女を愛する男性から、「生きとってくれて ありがとうな」と言われて、初めて救われるのですが。
道もまた、その理由は判りませんが、皆実と同じく、心に“自己否定”が突き刺さっているタイプの女性ではないかしら?

“自己否定”が心に刺さっている人間って、けっこう居るんじゃないかと思うのだけど。
その“自己否定”がどこから来たか、人によって様々だろうけど。それこそ皆実みたいに戦災とか大災害で「生き残ってしまった」と思ってる人とか、親からないがしろにされていたとか、何か過去に犯した大きな過ちを引きずっている人とか、ひどく傷ついた事のある人とか。

そういう「自己否定」が心に刺さっている人間にとって、最大の救いのひとつは、「自分は必要とされている」っていう気持ちではないかと思います。だから、ごくつぶし亭主、自分が選んだ訳ではない亭主でも、「彼にとって私は必要な存在」という気持ちが、生きていく支えになっているのではないかと思います。

しかし、彼女の心の底に引っかかってる自己否定はかなり根深いようです。
「もし荘介殿の願いがかなって 本当に大切だと思う人に出会った時」
「おかえりと言うのはわたくしではなくなるのかもね」
「でも、そういう事ならいいのです」
「シアワセになったかなあと心配しなくてすむもの」(66p)

道には想い人がいます。かつては恋人だった人物。はっきりとは描かれていませんが、一緒になろうとして親から大反対されたみたい。高校生ぐらいの時だったのかなぁ。高校時代にお弁当を作ってあげようとしてたっていうエピソードが語られますし。

そして、荘介の住む街は、また、その想い人の住む街で。
「あの人の詳しい住所も知らないし 会えるとも思わなかったけど」
「あの人の街に住んでいるならきっといい人だという気がしたのです」(109p)

道自身もその想い人への感情に揺れ動きます。
荘介の実家からの電話に、セックスもしてないと答えたあと、荘介から、「おれとやりたいか」と訊かれたみちは、寝床から抜け出し、包丁をじっと見つめ。
あるいは酔った勢いでしてしまったあと、道は「今後半年は絶対手を出さないで下さい」と書き置きしたり。
どっちもダブルミーニングでギャグにしてしまってるのですが。

そして想い人との再会。
しかし、彼は、子連れの女性と結婚することを決めていて。
その事を知った道は、彼に「わたしもシアワセになってもいいのですよね?」とつぶやきます。やっぱり根深い“自己否定”の感情を持ってるのかなぁ、道って。

う~ん。ふと思ったのだけど。道は高校生のころ、その想い人の子供を身ごもってしまったのかもしれない。そして、一緒になろうとしたのだけど、両親から猛反対されて、結局は堕ろしてしまったのかもしれない。そして、その罪悪感が、彼女の“自己否定”の根っ子なのかもしれない。いや、勘ぐり過ぎですが。
ただ、道とその想い人とのあいだに起きた“何か”が、道に自己否定を植えつけたような気もするのですが。

想い人と彼の結婚相手の女性、女性の連れ子の女の子がと一緒にいるところを見つけた道。道はその女の子の鞠を拾ってあげるのですが、でも、想い人と相手の女性が抱き合うところを見てしまった道は、思わずその鞠を遠くへ投げてしまう、と。

しかし、ふだんの道は表立ってはまったく怒らない女性なのですが。それは情が深いせいなのか、自己否定、自分には怒る資格はないと思っているせいなのか…。
いや、感情が激してくると他人より自分を傷つけようとする女性もいますが。

そして、一緒に暮らすうち、道と荘介にはなにやら“情”が沸いてきているように見受けられます。それが結婚生活を成り立たせている物かと。しかし、フェミニストは「親が勝手に決めた結婚なんて、最初から間違っている!」なんて言うかもしれませんね。

何度か書いているように、私は恋愛と結婚は別物と考えてます。結婚生活を成り立たせているのは、恋愛ではなく、慈愛、情愛といったものかと。

ただ、念のため書きますが。

さんざっぱら恋愛しまくって、というかヤリまくって、遊びまくって、快楽主義で生きていって。そしてトシ食って、そういう生き方ができなくなってくると、結婚はそういった頃の“恋愛”の相手とは違うタイプの人と、たとえば「浮気しそうにない人と」「収入とかしっかりした人と」結婚しよう、という“打算的な”価値観とは私は相容れません。そういう打算的な“恋愛と結婚は違う”という価値観は否定します。

つまり、あたしはキモメンの恋愛弱者、そして、『恋愛資本主義』からは疎外されている人間の立場から物言ってますが。

うん、あたしは道に惚れました。道みたいな女性と一緒に暮らしたいと思います。情のある女性と。道は心に傷を負ってる人でしょう。しかし、傷つくばかりでなく、その傷をもって、人に優しくしようとしている人じゃないかと思います。そういう人、好きです。
人は心に傷を負うと、優しくなる場合と、酷薄になってしまう場合があると思うのですが。

しかし、荘介はそこそこイケメンなのよね。
あたしはキモメン。道がやって来ても、玄関開けたとたん、「あ、間違えました。」ってきびすを帰されるでしょうね。ま、しょーがないやね。

本書はここに書いた部分以外にも、色々面白いです。

クレヨンみたいなタッチで描いてみたり、夢の中みたいな作品あり、色々試してらっしゃる感じです。2色ページが1話だけあるんですが、それも遊んでいらっしゃる感じです。
面白いです。

『長い道』おススメ本であります。

|

« お参りに | トップページ | 遅くなる理由 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92510/13905142

この記事へのトラックバック一覧です: 長い道:

« お参りに | トップページ | 遅くなる理由 »