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2007/01/20

闇金ウシジマくん

闇金ウシジマくん(真鍋昌平:著 小学館:刊)
コミックスです。現在連載中だそうで、6巻まで出てます。1~5巻まで読了。
文字通り闇金融の世界を舞台にしたコミックス。闇金業者・カウカウファイナンスを営む丑嶋と従業員、やってくる客たちの人間模様を描いた作品。

闇金業をテーマにした作品という事になると、アピール要素はやっぱり好奇心でしょうか?
異世界、しかし、ほんと一歩ちがいのところに口を開けている世界かと思います。

主人公の丑嶋。キャラクター造型に気を使っているような印象を受けます。ただの闇金闇金したキャラクターなら、読者は受け付けないと判断したようで。魅力を感じさせるような、ある程度は親しみみたいなものを持てそうなキャラクター造型をしています。
もちろん闇金業者ですから、こちらもそういうタイプとして想像しやすいこわもてタイプ。でも、メガネくんというところでキャラ的にワンクッション置いてます。
もちろんタイトルもカタカナで「ウシジマくん」ですし。

で、実は自宅マンションで何匹もウサギを飼っていて、ウサギたちと戯れるのが好き、という意外と可愛いという要素。
それから、お話の最初でどうしても頭が上がらない金主のババァってのが出てきて、丑嶋より醜悪でエグいです。そのババァってのが有名な占い師で、ま、マスコミでブイブイ言わしてるようないやらしい奴。実在の、メディアに露出しまくってる某占いババァに似てます。

お話し自体も、冒頭、新入社員が入ってきて。彼に説明するという形で闇金の世界を開設したり、ウシジマがオノレを語ったり、いい語り口になってます。

そして、読み進むうち、闇金業者であるはずのウシジマくんに不思議な魅力を感じてきます。"If I wasn't hard,I couldn't be alive…."というか。
借金のカタにウシジマの指示で体を売るハメになったパチンコ中毒の主婦。彼女がパチ屋のトイレで体を売ってひと稼ぎしたあと、ヨレヨレになってウシジマのところにカネを持ってくるんだけど。そのとき、主婦は精一杯の恨みをこめてウシジマを睨みつけようとします、しかし、その睨みの目線は、ウシジマが目にたたえているものに主婦が気がついた瞬間、圧倒されて萎えてしまいます。そういうシーンにちょっと痺れました。

最初は、プロローグみたいな状況説明を交えたお話、その、金主の占いババァの話、パチンコ中毒の主婦のお話、そして、仲間内の見栄を張りあいの挙句に借金を抱え込み、風俗のバイトを始め、墜ちるところまで墜ちる元OLの話が出てきます。これはまぁ、ありがちといえばありがちなお話かとおもったけど。

その次は『バイトくん』なるお話、これにははまりました。

まぁ、モラトリアム人間の話です。何もできない事を万能と勘違いし、世に出て自分を試してないことで自分は有能と勘違いしている人間。まぁ、簡単に言えば、世間から引きこもる事でブクブクに膨れ上がった自我、根拠のないプライドを守り、それにしがみついている人間。そして彼はギャンブルにはまり、消費者金融のブラックリストに載り、カウカウファイナンスへたどり着く、と。

いや、あたしもそういう部分あるし、だいいち自意識過剰は現代人の業病と思っています。「今・ここ」で薄くスライスされた現代人。地縁血縁から切り離され、自由になった反面、自我は痛風の腫れ物のようにブクブクに膨れ上がり。そういう人間って私を含めて大勢いるんじゃないかしら。今の時代には。

『バイトくん』ちょっといい話にまとめ上げてます。

5巻までだと普通の債務者VS闇金の話というより、丑嶋とカウカウファイナンスをうまく出し抜いて、カネを奪おうという話が多いです。むちゃくちゃな人間もたくさん出てきますし。ここらへん、実録物、ありそうなお話、その中で闇金の世界を語っていく、紹介しているという、ある種の“薀蓄漫画”という方向性より、フィクションの方に傾いているかと。そこらへんがまた面白いです。丁々発止のやり取り、面白いです。

これが“ノワール”なのかなぁ。闇の世界に蠢く人々。人間の負の感情、欲望、見栄とかプライドとか、恨みとか、そういうのを描きつつ、なぜか不思議な魅力を、闇の光とでもいうものを放つ作品になってると思います。いや、“ノワール”なる言葉はあまり良く解らないのだけど。

闇金以前のサラ金の話になりますが。

掲示板でサラ金問題が話題になるたびに、「借りる方が悪い」のか、「貸す方が悪い」のか、議論になります。あたしはどっちもどっちと思いますが。もちろん、生活苦とかでどうしても借金しなきゃいけない事態とかは除きます。

バクチのカネ、分不相応な贅沢のためのカネ。

しかし、カネを使うってのは、この消費社会においては「正しい事」ではあります。ただ、それを踏み外してしまったと。
現代人。常に欲望は衝き動かされてます。朝起きて、テレビをつければCM。新聞開けばチラシがどさっと落ちてきて、新聞記事は広告の間に埋もれているよう。電車に乗れば車内広告。会社にいても業者からの怪しげな勧誘電話。もたげる欲望を次々と押さえ込む能力は、現代人にとっては大切なスキルのひとつかと。そしてそれを踏み外さないように生きていくのは、こちらはあまり気がついてないだけで、ほんとはとても負担を強いられているのかもしれません。

もちろん物欲を完全に押さえ込んでしまえば、消費社会における『消費する家畜』としては失格となります。欲望を押さえつけつつ、自分の収入と相談して、時にはちらちらと発散させて生きていかなきゃいけない。

しかしほんと、そういう状態なら、それを踏み外してしまう人が出てくるのは当たり前だし、また、あたしだって、何らかのきっかけがあれば踏み外してしまうんじゃないかと。

そう思ってます。

5巻目からは『フーゾク君』というお話が始まります。風俗に入れあげて借金を重ね、挙句丑島の元にやって来る人たちのお話。その相手の風俗嬢ってのがドブスなんだけど。でも、他の風俗嬢が相手にしたがらないキモヲタを相手にして、恋愛感情を植えつけて操ってしまう。日比谷カタンさんの『愛のギヨテエヌ!~恋するイミテシヲン! サ!』は風俗嬢に恋したアキバ系のお話だけど。この歌が男側からの自己陶酔のたっぷり混じった視線からとすると、こちらの方は風俗嬢側、あるいは第三者視点からの物語かもしれない。

あたしだってアキバ系だし、ヲタと言えるほどの知識力はないけれど、キモメンだし。こういう局面に遭遇すれば、こうなってしまうかもとも思います。それこそ『愛のギヨテエヌ!~』を口ずさみながら通ってしまうかもしれない。サラ金に通い、そこで借りられなくなると、闇金に走るかもしれない。そういうのがなくちゃセカイは退屈でつまらない物だし。自分の“人生”よりもそっちが大切となってしまうかもしれません。

いや…。

あたしの住んでるところの近くの駅。駅前にパチ屋とサラ金の無人契約機のブースが並んでいて、なんかムチャクチャ「解りやすい」町になってます。それがなんか嫌な感じがしてます。

『闇金ウシジマくん』、おススメ本ではありますが、たぶん、読者を選ぶかと。世の中のライトサイドだけしか見たくない人は、ライトサイドだけでやっていけると思ってる人には、向かないと思います。

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