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2007/01/15

一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」

『一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』(坪内祐三:著 文春文庫)
読了。
坪内祐三の著書は以前『同時代も歴史である 一九七九年問題』(文春新書)を読んでます。
本書は同じく年号を冠したタイトル。一九七二年を軸にすえて、当時のことを書いている、エッセイというか、評論というか、そういう本です。

その講義を始めた頃、強く感じたのは、東京オリンピックの一九六四年から大阪万博の一九七〇年に至るいわゆる高度成長期のわずか七年間の、時代変化の勢い、すなわちドライブ感の激しさだ。
(中略)
ここで確認しておきたいのは、高度成長期は、その、時代が新しくなって行く側面ばかりが強調されがちであるけれど、一方で、古い物や旧来の感受性も確かに強く残っていたことだ。その葛藤が時代変化の激しさを形造る。
(中略)
高度成長期の大きな文化変動は一九六四年に始まり、一九六八年をピークに、一九七二年に完了すると。さらに言えば、一九七二年こそは、ひとつの時代の「はじまりのおわりであり」であり、「おわりのはじまり」でもあるのだと。
(本書13~14ページ)

何度か書いていますが、私は、世間ではよく言われている「70年代」という言い方はどうもしっくりきません。昭和40年代という言い方の方がしっくり来ます。正確に言えば73年、つまり昭和48年のオイルショックあたりがひとつの変節点かと感じています。もちろんそれは私の個人史からの印象でもあるのですが。薔薇色に見えていた世界の陰りを知り始める年頃だったというせいか。

そういう意味で、72年をひとつの変化の年と捉えている本書に興味を持ちました。

本書は当時の週刊誌の記事を引きながら書かれています。
ポルノブーム、連合赤軍事件、海外ロックミュージシャンの来日と「思想」も含めてのロック、少年犯罪の変質、そして「ぴあ」という“情報誌”の創刊。

筆者の筆はちょくちょく脱線していきます。特に連合赤軍事件にかなりのこだわりをお持ちのようで、ある事を書きながら、「その時(連合赤軍の)○×は…」という感じの表現がちょくちょく出てきます。

個人的に興味を持ったのは、ミリタリーの老舗、中田商店がポルノを輸入していた事。そういえば中田商店のカタログを見ていて、中田商店の社長さんの性に関する短いエッセイが載っていて、ちょっと変な感じがした記憶があります。昔、渋谷の大盛堂書店の地下にあったミリタリーショップ・アルバンにもポルノ系の本やビデオが置かれていて、なんか奇妙な感じがしたのですが、そういう由来があったのかと解りました。

アルバン。故郷でミリタリープラモマニアだった頃、第2次世界大戦中のドイツ軍の軍装とか解らなくて、頭をひねったり、通販で資料書籍を取り寄せたりしてた頃があります。なけなしのお小遣いはたいて通販で買った洋書が、届いてみたら自分が思ってたのと違う内容で、がっかりした事もありました。
初めてアルバンに行った時、その、あれだけ「どうなってるんだろう」と悩んでいた軍装の実物がモロに陳列されていて、ほんとびっくりしました。そして、"How to kill"とかのヤバ目の裏マニュアル類。(これが『ザ・殺人術』として邦訳された時は驚きましたが)それらに並んで海外物のポルノが置かれていました。まぁ、洋ピンはあまり興味がないのですが。

いや、閑話休題。

本書、面白く読みました。やっぱりあの頃は色々こだわりがあって、知りたいと思ってます。
「おわりのはじまり」なら、“おわった”後、我々はどこへ行くのか?どうなるのか?にも興味ありますしね。
いや、それこそノストラダムスあたりから世界はいつか終わることをテーゼとして持ってしまった年代ですが。まぁ、世の中なんてそうそうは終わらずに、かったるい日常が続いていくのだろうと思ってますが。

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