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2006/12/31

煌翔月例上映会

昨日は南阿佐ヶ谷の煌翔へ。
かわなかのぶひろ&萩原朔美、月例上映会でした。
残念ながら萩原さんは今回お休み。
しかし、スペシャルゲストで函館イルミナシオン映画祭のあがた森魚さんや皆さんがおいででした。

上映作品は、
『映像書簡7』(かわなかのぶひろ&萩原朔美、96年)
『幸せな記憶』(後藤天、06年)
『旅の繪3』(かわなかのぶひろ、06年)
の3本でした。

『映像書簡7』。
毎月一本映像書簡シリーズを上映するというこの企画ももう7本目です。
今回は「つながり」というのを感じさせる一本かなぁ。家に来ている電線を発電所まで辿る旅、そして記憶、さらにはバリまで舞台は飛んで、かつての日本のような子供たちの生き生きとした姿、繋がり。

『映像書簡』シリーズというと思い出すワンシーン、夜の、お店はもう閉まっている浅草の仲見世を歩く女性の姿、その女性はゴールデン街伝説の酒場、「まえだ」のおっかぁなのですが、は本作の1シーンだったのですね。

『幸せな記憶』。本作は今年のイメージフォーラム付属映像研究所卒業制作展でも拝見しています。スナップショットをバックに語られる、人物が語るある男の記憶、3人の人物が、同じような写真をバックに同じような「記憶」を語るのですが、最初は明るく語られますが、それがどんどん暗くなっていって。

寺山修司が「作り変える事のできない過去なんてない。」なんて事を書いていますが。最初、私は、すごい事を書くなぁと思いました。でも、今まで生きていて、人は、無意識的にしろ意識的にしろ、大なり小なり、記憶の改変をしていくのではと思うようになりました。それは枝葉末節が消えて行った純化かもしれないし、生のままでは耐えられない記憶を「物語化」する行為でもあるかもしれません。最悪、耐えられない記憶は無意識下に抑圧されて、それが心の病の引き金となったりもするわけですが。
お互い、顔を見るのもうんざりして別れた男が、数年後、カラオケで『悲しい色やね』を涙ぐみながら絶唱するみたいに。

「作り変える事のできない過去なんてない。」とうそぶく寺山修司の言葉には、「身もフタもない事を言うなぁ」と思うようになりました。

そして、『旅の繪3』。12月の頭にあった、函館イルミナシオン映画祭における、あがた森魚さんとのコラボレーションパフォーマンス、『つくられつつある映画』。イルミナシオン映画祭の模様とその『つくられつつある映画』の様子が今回のモチーフでした。『つくられつつある映画』、かわなか先生が映像を、そして、あがた森魚さんがライブで音楽をつけるというスタイルだったようです。

スクリーンの向こうとの一体感がありました。映画の中で拍手が起きると、こちらも思わず「もらい拍手」しそうになりましたよ。
ゲストのあがたさんも仰っていましたが、とても暖かい作品であると思います。

あがたさんのお話によると、いろいろ裏で困った事もあったようですが…。

物事にはライトサイド、ダークサイド、あると思います。ダークサイドからは目を背けず、ダークサイドも呑み込みつつ、ライトサイドで行くってのがいいと思っています。せっかくの人生なのだから、楽しくやらなくちゃと思います。もちろん、いちばん悪いのは、ダークサイドから目を背ける事だけど。僭越ながら、そう思ってます。「面白き 事もなき世を 面白く」です。

あがた森魚さんは、ライブはいちど、母檸檬さんと共演の時に拝見していますが。お恥ずかしながら映画は拝見していません。
いや、いつか見よう見ようと思ってここまで来てしまいました。

上映終了後、煌翔の皆さんのご好意でおいしいものを頂きました。
楽しい一夜でありました。

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