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2006/11/30

M/世界の、憂鬱な先端

M/世界の、憂鬱な先端(吉岡忍:著 文春文庫)
読了。
“M”とは、連続幼女誘拐殺人事件の犯人、宮崎勤の事であります。
宮崎勤事件、そして、酒鬼薔薇事件を解きほぐしながら現代日本の“憂鬱な先端”を解き明かす本であります。
本書は『世界の』『憂鬱な』『先端』の3部構成です。『世界の』はイントロダクション。『憂鬱な』は宮崎勤事件、そして『先端』は酒鬼薔薇事件を描いています。トータル646ページの大部であります。その3分の2、437ページが宮崎勤事件について書かれた『憂鬱』が占めています。

しかし、ほんと、面白本じゃなくてこういう方ばっかに手を伸ばしてるね、あたし。
しかし、これだけの厚さの本ですが、一気本でありました。

プロローグの『世界』。1989年暮、ベルリンの壁崩壊。壊されていく“壁”

西と東のベルリン市民たちが、そして、遅ればせながら私がたしかな手ごたえとして感じとったのは、現実は変わりうるということ、いや、現実は変えられるのだという確信だった。(本書22p)

それが“歴史”であると。だけど。

私は日本を思った。私の国のことを思い起こしていた。そいつが言うのが聞こえた。
ここには日本の入り込む隙がない、とそいつが言った。(23p)

あちこちで大衆社会が生まれ、消費社会が立ち上がり、新中間大衆がどっとやってきて、やがて焼けたフライパンの上で、歴史が終った、お金儲けはゲームだ、ネアカが一番、グルメが最高、ブランド大好きと浮かれ出す。
(中略)
その先に、私の国がある。薄くスライスされた、いま、ここ、というだけの社会。新しくなることは豊かになることで、豊かになることは過去から自分を切り離すこと。
(中略)
世界の、憂鬱な先端。(45-46p)

そして『憂鬱な』の宮崎勤事件に筆は移ります。

宮崎勤事件。3通の精神鑑定書。そのお粗末さに筆者は気づきます。“死刑”を前提にしたデキレース。筆者も宮崎勤の死刑には反対はしていませんが。しかし、そのお粗末さは「彼がなぜあのような残虐な犯行に走ったか」の疑問の答えにはなっていなくて。

筆者自ら、宮崎勤の、家族の、そして地域の、歴史を探っていきます。宮崎勤が、そして現代の“憂鬱な先端”の人たちが捨ててきた“歴史”を、逆に肉付けしていきます。

宮崎勤は先天性の手首の障害をもっていて。そのコンプレックスのため集団生活に融け込めなかった彼。“画一化”を目指す学校教育に彼は取りこぼされ。
彼が息つく場所は、祖父と彼の遊び相手として連れてこられた、障害者の“鷹にい(仮名)”との“甘い”場所。しかし、鷹にいは家族に引き取られ、祖父も亡くなり。彼が唯一彼でいられた、受け入れられていた、“甘い”場所は無くなり。彼は狂気へと急激に傾斜していって。

幼女たち。宮崎勤自身はペドフィリア(小児性愛)ではなかったようです。それは驚きだったのですが。彼自身は、セックスをはじめとして、身体的なものを徹底的に忌避するタイプの人間だったとか。それも彼のその手首の障害、そしてその障害によりおしりがきちんと拭けず、いつも陰部に便がついているという事から、下半身に忌避感が生じていたとか。

ただ、彼にとって幼女たちは、かつての自分、手首の障害のコンプレックスにさいなまれる前の、“甘い”世界に生きていた頃の彼と同じ歳頃を生きていて。彼女たちに受け入れられ、また“甘い”世界を甦らせてくれるのではないかと。それで彼は彼女たちに声をかけ、一緒に車に乗り。
しかし、やがて彼女たちも“他者”としての貌を彼に見せ。かぁーっとなった彼は彼女たちを殺害し。そして、彼女たちの死体を祖父を甦らせる儀式の供物とし。

彼の集めた膨大な量のビデオ、それは祖父や鷹にいと一緒にテレビを見ていた“甘い”世界の記憶と繋がっているようです。そして、祖父を失った彼にとって、“甘い”世界は、“テレビ作業”“ビデオ作業”の中にしかなくなって。祖父が死んでからの彼のビデオコレクションは1日9本もの割合で増えていったそうです。

彼は『自分語』の人のようです。自分で作った自分にしか通じない言葉。元来“言葉”は人と交わるためのもののはずですが。
ビデオ録画や編集作業を“テレビ作業”“ビデオ作業”。単なる同居人としか捉えていない父親や母親を“父の人”“母の人”。死体を“肉物体”。それが白骨化すると“骨形態”。
そして“甘い”という言葉、自分を全面的に受け入れてくれる、幼児期の自分の万能感を満たしてくれているような状態を指す言葉。

『自分語』で、彼は周りと垣根をつくり。
そしてまた、死体を“肉物体”“骨形態”と呼び習わすことにより、自分がした事、殺人の恐ろしさから逃げようとする態度。兵隊たちも敵を蔑称で呼んだり、殺したり死ぬことを日常語から切り離した、彼らのジャーゴン(隠語)で呼び習わすことにより、殺したり死んだりの恐怖から逃げようとするそうですが。

そして第Ⅲ部の『先端』。

宮崎勤事件を嚆矢とする、陰惨な事件。こちらでは酒鬼薔薇事件を、宮崎勤事件と同じ手法、つまり、犯人の生活史から始まって、家族の歴史、そして地域の歴史、つまり地縁血縁を語りながら事件を掘り起こしていきます。

酒鬼薔薇事件の犯人、A少年の両親は沖永良部島出身とか。
筆者はその沖永良部島の創世神話にたどり着きます。

世界が私を、神のような大きな力で支えていること。
私が世界を、絆のような小さな力で支えていること。(567p)

しかし、A少年はそういうものから切り離され、彼もまた孤独の中で狂気に走っていったと。

そしてそれは「今、ここ」だけの薄くスライスされた社会が生み出したものであると。
宮崎勤もA少年も、彼ら自身の素質と、その社会状況の中で凶悪な犯罪者となったのでしょうか。

筆者は、その、「今、ここ」だけの社会が生まれた原因を、戦争の記憶からの逃避、天皇の戦争責任、そして日本人の戦争責任、を切り捨てるために生じたものと書いてありますが。
それはちょっと違うかなぁと思います。それは忘れてはいけない事だと思いますが、それはちょっと違うのではないかと。

それは消費社会の要請ではなかったかと私は思ってます。『消費する家畜』としての現代人。

人の拠りどころであり、また、人を縛るしがらみでもあった、歴史と地理、地縁血縁というもの。そのしがらみを捨てて、“個人”がそのエゴの通りに生きていくべきってのが現代の要請で。

酒鬼薔薇の両親も沖永良部島の「地縁」を離れて働きに出てきた人たち。豊かな暮らしを夢見て、地縁血縁を捨て、「工場労働者」として田舎から都会に出て行く人々。そういう人の流れをスムーズにするのもこの「消費社会」の要請であったかと。それでも最初のころは同郷者を束ねて県人会や郷人会を作って、互助的に生きていたのでしょうが。今はそれも失われ。

しかし、その陰には、しがらみをなくしたせいで拠りどころを失い、不安定なブクブクの自我を抱えた現代人がいて。
その、不安定な自我の拠りどころとして『消費活動』が存在するようになったと、そういう事じゃないかしら。かつての『三種の神器』という物言い、また、現代の『ブランド信仰』も、“消費”が現代人の心の拠りどころとなった事を表しているんじゃないかしら。

その、すべてを“消費”に向けようとする力は凄くて。

例えば“恋愛”。それは現代にあって、数少ない心の拠りどころになりそうなものだけど。
しかし、“恋愛”は様々な消費に彩られて。デートコースの高級レストランからプレゼント用品、果てはラブホテルまで。そして、恋愛はすればするほどいい、そうしてたくさん消費してくださいという方向に行って。その結果、恋愛すら不安定な、言葉を変えれば、心の拠りどころとして機能しづらい方向に行って。

また、“エコロジー”。ほんらいエコロジーは「消費しないこと」であったのが。そして、その時はごく一部の動きで、社会のメインストリームからはシカトされていたのが。しかし、消費活動の結果の環境破壊が無視できない問題になって。そこで、「エコグッズ」という画期的な概念が生まれて。つまり、エコロジーのための“消費”ですな、それが生まれて、定着させられて。まぁほんと、リサイクルにもエネルギーや資源が要って、環境負荷はかかるのにね。

まぁ、そう私は見ているのですが。

閑話休題。

本書の感想をどう書こうか悩みました。ここで書いたことも一部で、ほんとはもっと書きたいのですが。しかし、下手すると本書丸々引き写さなきゃいけないくらいの本であって。ここに書いた以上何倍も示唆に富んでいて、いろいろ考えさせられること大の本です。
だから、ここで私がつたなく紹介するよりも、「読んで!」って大書するのが一番かと思います。

どうか、読んでください。
特に、いまの時代を生き辛く、違和感を感じている方はゼヒ。

最後にもう一くさりだけ引用します。

生活圏の町々がどこに行ってもただひたすら明るいだけなのはどうしてなのか、私にはわかるような気がする。
(中略)
ポジティブなものもほんとうはネガティブなものに裏打ちされ、修正され、削られ、盛り上げられ、縁取られなければ、中途半端にしか輝かない。それはたちまち色あせ、光を失い、平凡に、凡庸になっていくしかない。(580-581p)

あたしが最近良く考えている「ライトサイド/ダークサイド」の考え、もやもやっとした考えにぴしゃりと容を与えてくれていると思います。

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