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2006/06/14

カラシニコフⅡ

カラシニコフⅡ(松本仁一:著 朝日新聞社:刊)
読了。前作『カラシニコフ』に続き一気本でした。あっという間に読み終えました。
ハードカバーなのに。もちっともって欲しかったです。

私の部屋にもカラシニコフ-AK47があります。
もちろん東京マルイの電動エアガンですが。

AK47。

第2次世界大戦当時、歩兵用小銃は900メートル以上(たぶん原書だと1000ヤード以上)の射程を持っていました。そして、連発式だけど、一発一発手でボルトを操作して空薬莢を排出し、弾倉の弾を込めるボルト・アクションというのが主流でした。

そして、第2次世界大戦勃発。
ドイツ軍の調査によると、歩兵同士の小銃の撃ちあいって、だいたい360メートル(たぶん原書だと400ヤード)くらいで行われるというのが判明して。
で、だったら小銃の弾は火薬を減らして、そのくらいの射程にしよう。そして、その代わり、強度的に歩兵用小銃の重さに組み込むのが難しかったセミ・オート(引き金を引いて弾を発射すると、自動的に空薬莢が排出され、弾倉の中の弾が装填される)やフル・オート(引き金を引いていれば、機関銃のように、連続して弾が発射される)メカニズムを組み込もう、というアイディアが出ました。
(ここらへんの数字類は記憶違いがあるかもしれません。ご容赦)

そうして生まれたのが“突撃銃”と言う新しいコンセプトの銃でした。突撃銃はヒトラーの理解のなさもあって、結局終戦までドイツ全軍には行き渡らなかったのだけど。しかし、第2次世界大戦後、歩兵用の小銃はこの“突撃銃”のコンセプトで行こうという事になりました。
で、いち早くソ連で開発されたのがこのAK47です。
対して米軍は銃弾の開発から勘違いをし、まともな“突撃銃”が登場するのはベトナム戦争中にM16が登場するまで待たなければいけませんでした。まぁそれは別の話。

AKシリーズは東側諸国に採用された事もあって、爆発的に普及したのだけど。また、その弊害として、第三世界のゲリラとか、アンダーワールドにも大量に流入する事になった、と。
本書は前作『カラシニコフ』に続き、「カラシニコフ銃」を通して見た、その、“世界のシワ”のありようを描いています。

前作『カラシニコフ』では主にアフリカ諸国からのルポルタージュでした。いや、カラシニコフの開発者、ミハイル・カラシニコフへのインタビューも白眉でしたが。
本作はアフリカを出て、さらにその目を中南米、アフガニスタン、そしてイラクへと向けています。

第1章から第3章までは中南米のカラシニコフ事情。
麻薬ビジネスと結びついたカラシニコフ。アメリカ合衆国にコカインが密輸され、その代金として合衆国から密輸されてくるカラシニコフ。それに絡む合衆国の銃器ディーラー、そしてさらには中国の北方工業公司(ノリンコ)までその密輸に乗り出し。ノリンコの話はガン&ミリタリーマニア向けの書物に時々出てました。ソ連のアフガニスタン侵攻の最中、CIAと絡んで無刻印のカラシニコフをアフガンゲリラに供給したりしていたらしいですし。ダークサイドと絡むのはいつもの事のようなところみたい。

ゲリラたち。思想信条ゆえにではなく、貧しさゆえに、メシを食うためにゲリラになる人たち。
そのゲリラ組織もその理念をとうに失い、麻薬ビジネスと誘拐ビジネスのやくざ稼業の集団で。
ペルー日本大使館人質事件についての興味深い記述もありました。当時のペルーの内部事情に関する記述も。政府高官もカネと権力欲ゆえの権謀術数に腐敗して。

第4章はカラシニコフ密造の村、ダラについてのリポート。ダラ、パキスタンのアフガニスタン国境近くにある村。手作り銃器の工房が立ち並ぶ村。鍛治町といったようなところ。

ダラについてのリポートを最初に読んだのは、今は歴史小説家の東郷隆さんの『戦場は僕らのオモチャ箱』という本でした。ソ連のアフガニスタン侵攻当事、アフガン侵攻のソ連兵が新型小銃を持っているという情報を聞きつけ、当時コンバット☆マガジン編集部にいらした東郷さんがその取材に向かうという本であります。その新型小銃の正体は5.45ミリの新型弾薬を使うAK74シリーズだったのだけど。
ちなみにその話をヒントに船戸与一さんがお書きになったのが『血と夢』。おススメ本であります。

で、『戦場は僕らのオモチャ箱』にはアフガン紛争当事のダラの様子が描かれています。そこではカラシニコフのような自動小銃を作る事のできる工房はなくて、せいぜい修理とかパーツの作成程度とされていたのですが。こちらだと当時もうカラシニコフを作る事はできたとか。まぁ、単一の工場ではないから、工房によってレベルが違うだろうし、東郷さんが覗いた工房はレベルの低い方だったのかもしれません。

『戦場は僕らのオモチャ箱』、名著だと思うのですが、復刊されないかなぁ。定吉七番シリーズの復刊も途中で停まっちゃったし。

いや、閑話休題。

しかし、手作りでも拵えられてしまう、ノリンコなんかの手抜き製造でも問題なく動く銃ができてしまうってのは、ほんとにカラシニコフの原設計が優れていたからですね。でも、ライセンスが切れてもカラシニコフを作っているところはノリンコ初めたくさんあって、ミハイル・カラシニコフは忸怩たる思いでいらっしゃるようですが。

第5章はアフガニスタンの、第6章はイラクのカラシニコフ事情が語られています。両方とも911以降の流れで米軍が占領し、『軽い帝国』の支配下にある国。
しかし、両国とも人工的に引かれた国境線で囲われた多民族国家。国家への帰属意識が薄く。民族への帰属意識が強く。
アフガニスタンは多国籍軍の警備で何とか治安が維持され、イラクは米軍が当初は治安維持する気さえなく、各民族の自治組織でかろうじて治安が維持されていた所もある、という状態。

しかし、この記述を読むと、イラク戦争において、アメリカ合衆国はイラクを“叩き潰す”以外の意図はなかったように思われます。石油利権目当てとかじゃない、そういう経済的な打算じゃない、もっと衝動的な行為だったと思います。

イラク戦争って。街で腕っ節がいちばん強いと自慢していた奴が、ある日、後ろからバットか何かで殴られて目を回してしまう、と。で、そいつのプライドがずたずたになって。で、とりあえず目の前で反抗的な態度を取った奴をぶちのめして腹いせをしている、そんな感じに、私には思われます。

前に読んだ『一九七九問題』に出てきた“軽い帝国”という概念。独裁政権の国とか、各勢力が入り混じって混乱状態になっている国を、ある国(まぁ、たいていアメリカ合衆国)がいったん制圧して、秩序回復してから、その国を民主化するという手法。
両国とも民族問題が大きく絡んでいますし、それがうまくいくのかどうか?
いやほんとそもそも、民主主義が根付く国なのでしょうか。

例えば共産主義革命ってのは世界を覆うと信じられた時代がありました。
もちろん現在の目から見ればそれは間違いでありました。
社会主義・共産主義を奉じる国はどんどん無くなっていってますし、社会主義・共産主義をうそぶく国も独裁主義の言い訳に過ぎなくなってる国がほとんどで。
アメリカ合衆国は民主主義の世界同時革命をやろうとしているのかもしれない。そして、それは、共産主義革命の二の轍を踏む結果になるかもしれない。

本書の作者の松本仁一さんは各民族の集団を基にした連邦制国家はどうかと提案されていますが。本書にもある通り、対立する利害をどうするのかという問題はほんとに底が深いと思います。

まぁ、中東の平和を願うなら、私たちがドンドコ石油を浪費して、中東の石油を早いとこ枯らしちまった方が良いと思いますがね。

銃を通して世界のありようを見る、それで見えてくるものがたくさんあります。そういう視点で切り込んできた松本仁一さんという方、凄いと思います。今までの日本のジャーナリズムではあまりありえなかったものだもの。
ニュース映像なんかを見て、「あの連中はあの銃を使っているから、あそこの影響下にあるのだろう」なんていう話はミリタリーヲタクの間でしか交わされなかった会話ですから、今まで。

まぁ、あたしは元・ミリタリーヲタク。金銭的に余裕があって、資料とか軍装品とか、モデルガン&エアガンとかまだ買える状態だったら、まだ現役だったかもしれません。
人殺しの道具、破壊の道具に興味を持つ、一般人から見れば狂っている人間かもしれません。そうかもしれないと自分でも思います。

まぁしかし、普通の人が軍装品を着るのが当たり前の時代になりました。昔は迷彩服とか着ていると「お前右翼か?」なんて言われてたんですがね。この前なんかほんとごく普通のオバチャンが迷彩柄のワンピースとか着てました。
だいたい映画『トップガン』が公開されてからあたり、普通の人が軍装品を身に着けるようになったと思います。どういう世の人の心情の変化があったのかわかりませんが。右傾化のせいかもしれないし、平和ボケのせいかもしれないけど。

閑話休題。なんか話が横道にそれてばかりですが。
『カラシニコフⅡ』、前作『カラシニコフ』含めておススメ本であります。朝日新聞アレルギーの方も嫌がらずぜひ手にとって欲しい本であります。

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