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2006/06/07

消費セラピー

消費セラピー(辛酸なめ子:文章&絵 集英社文庫)
読了。

辛酸なめ子とおっしゃる方のイラストエッセイ集です。前半はお買い物エッセイ、後半も少々お金に関わってくるエッセイが何本か。あと、辛酸なめ子さんは皇室マニアだそうで、紀宮妃結婚タイアップグラビアエッセイとかもあります。
そのグラビアのなめ子さん、紀宮妃にちょっと似ていて。いや…、実はあたしの好きなタイプでもあるんですが。

辛酸なめ子さんの本は初めてなのですが。そのお名前からして、お書きになる文章はちょうアナーキー、ちょうパンキッシュ、無茶苦茶でついていけないような内容なのかと思いきや。「そーだそーだ」と思わせる部分もあり、「あ、そういう見方もあるのか」と思わせる部分もあり。私の感性にもしっくり来て、楽しく読めました。
あたしの感性が普通かどうかはわかりませんがね。

『消費セラピー』というタイトルに惹かれたのだけど。
“消費”、現代における最大の自我の支えであると思います。ある種の信仰であるとも言えるかもしれない。「自我の支え」とは「心の安定をもたらしてくれるもの」です。

例えば何回も書いている「恋愛資本主義」。つまり、恋愛にもお金が必要。プレゼントからデートで行くレストランからラブホテルまでカタログ化・マニュアル化されていて。
いや、恋愛なんて物は凸と凹、あるいは凸と凸でも凹と凹でもいいんですが、がありゃいい話なんですがね。しかし恋愛を商売のネタにする方法が生まれ、その、“恋愛市場”のために、みんな恋愛しろとたきつけられ、“恋愛教”が生まれ。

もちろん消費そのものも信仰でありましょう。なけなしの金をはたいてブランド物を買いあさり。
あたしはファッションとかではそういう方向には行ってないけど、PCに金を突っ込んでおりますし。PCパーツを欲しくなる時の、あの、快とも不快とも言えない感情。いやむしろ強迫観念とも言えそうな感情はお馴染みであります。そして、欲しい物を買った時のカタルシスも。

たぶん、それは、かつてはお寺や神社にお参りに行った後のカタルシスと同質でありましょうし、“家”に関わる冠婚葬祭とかを終えたあとの気分と同質でありましょう。宗教が自我の支えであった頃みたいに、家が自我の支えだった頃みたいに。

たぶん、辛酸なめ子さんはそういった部分に自覚的であり。そういうからくりも理解していて。そして、その中で“踊る”自分にも自覚的で。だからこういう本もお書きになれたのかと思います。でも、それが自覚的である以上、心の底からの“消費による癒し”も手に入らないんじゃないかと思いますが。

ちょっとレイアウトの余白の多い本で、あっという間に読み終えてしまいましたが、面白い本でした。辛酸なめ子さんの本、また買おうと思います。

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