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2006/05/08

イメージフォーラムフェスティバル~5~

5月6日、連休最終日。イメージフォーラムフェスティバル最終日。未見のK、Pプログラムを見ました。両方とも韓国作品です。Kプログラムは韓国の実験映画、Pプログラムは今年1月に逝去されたナム・ジュン・パイク作品集です。

この2プログラムを見て、イメージフォーラムフェスティバル全16プログラム中12プログラム見た事になります。フリーパス券の元は取ったと思いますが、やっぱりコンプしたかったなと。

Kプログラム。
「オン・ザ・ディ」(チョ・スジン)。ちょっとタイトルがごっちゃになっていて、この作品じゃないかもしれない。セピアがかったモノクロームのドローイングアニメーションです。さまざまにモーフィングしていくイメージ。とても優しげ、暖かい作品でした。

「お日さま お月さま」(パク・ヨンソク)。韓国に昔から伝わるお話でしょうか。母親と三人暮らしの兄妹のお話。それをいろいろな人々が語っていく作品。ほとんどみんなお話の筋はうろ覚えで。それと、そのお話にいろいろな意味を付け加えたり、受けた印象を語ったりしていって。

「斬新でナイスキャラ」(ユ・スンジョ)。山奥で自然とともに暮らす脱俗の陶芸家、そのドキュメンタリー…、と思いきや、ドキュメンタリースタッフがいろいろ“演出”してきて。
“演技”をつけたり、衣装も某カルトのあの服みたいな、質素かつ意味ありげに見えるシャツとズボンをつけさせたり。陶芸家さんも乳飲み子を抱えて大変そう。売れなきゃいけなくて。実は俗っぽかったりして。やがて、“演出”していく彼らに付き合ううちにギョーカイっぽくなった自分を見つけて陶芸家は愕然とするというお話。

いや、よくある話だと思います。“ドキュメンタリー”論としても面白いです。親父がとっていた写真雑誌の一節に「人はカメラを意識する」という一節があって、当たり前といえば当たり前なんですが、ひとつのテーゼとして心に残っています。
また、量子論というのに(あたしは物理の単位を落とした事があるので偉そうには言えないけど)、「シュレジンガーの猫」というパラドックスがあるそうです。一言で言えば「観測行為そのものが観測結果に影響を与える」という事だそうですが。ドキュメンタリーにもそれがあてはまるかと。

もちろん、カメラが回っている故に引き出される事もあるのでしょうが。カメラをメスに解剖するみたいに。もうドキュメンタリーも結局は虚構の一種、あとは「やらせ」「つくり」とどこに一線を引くべきかという問題しかないかもしれない。

Pプログラムはナム・ジュン・パイク特集。
「ケージに捧ぐ」(1973年)。ジョン・ケージ。彼の4分33秒というピアノ曲は、4分33秒ピアノを弾かずに、周囲の音に耳を傾ける、という曲のようです。へんな言い方かもしれないけど、寺山的かな?ノイズを楽曲として聴く。じゃあ、楽曲をノイズとして聞くというのもありかなぁ。電車の中で聴くヘッドフォンステレオのシャカシャカ、小さい音だけど確かにクソ五月蝿いですね。

初演がウッドストックに近い街だったそうで、あのウッドストックよりも重要なイベントだったと言ってる人が出てきましたが。それはちょっとカチンときました。ある事物を褒めるのに他のある事物をけなすやり方は好きではありません。

「グローバル・グルーブ」(1973年)。未来の多チャンネル時代のテレビ番組はこうだ!という趣向の作品でしょうか。後年になるのかなぁ、米国はケーブルテレビで多チャンネル時代を迎えるわけですが。
日本のペプシコーラのCMが素材に使われています。水前寺清子が盆踊りで太鼓叩いているのと、昔ながらの海水浴風景。そう、ペプシコーラは米国人にとってポピュラーな飲み物。それが、日本のドメスティックなイメージで紹介されていて。そういう取り合わせが米国人に受けるのでしょうか。

最後の「セクシャル・ヒーリング」という作品だけパイクの作品ではありません。療養中のパイクの姿の映像。みぞおちにコルセットみたいなのを巻いて、足が立たないのでいく人もの女性に支えられて。いや、支えている人に男がいないんですよね。

実はナム・ジュン・パイクの映像作品を見るのは初めてでした。あの、テレビをたくさん積み重ねたインスタレーションの記事は雑誌とかで見た記憶がありますが。
テレビって言えばかつては高級家電で、一家に一台の時代が長くて。例えば、チャンネル争いで小さい頃ケンカした記憶が何ぼでもあります。ほんとに自分専用のテレビが欲しかったです。で、一人暮らしを始めて、なくちゃいられないので自分用のテレビをかなり思い切って買いました。2万8千8百円だったかな。今でも憶えています。テレビがないといられないし。自分用のテレビ、嬉しかったです。

いや、その、“憧れ”だったテレビがうずたかく積み上げられていて。その、自分の中の、テレビに関する諸々の想いが、うずたかく積み上げられたテレビでがつ~んとヒビが入った気がして、面白かったです。

あと、イメージフォーラムフェスティバルではインスタレーション作品があります。
別室で稲垣智子さんの「Dune/Trip」。伊藤隆介さんの「映画の発見」。
「Dune/Trip」。砂にまぶされた、階段状に積み上げられた新聞紙。その上にモニター、階段を下りてくる女性のおぼろな姿。
「映画の発見」。ご家庭にありそうな道具でこしらえた、プリミティブな映画。レコードプレイヤーのターンテーブルの上でくるくる回るいくつかの木馬人形。ミニチュアのメリーゴーランドです。これの影をスクリーンに映す訳ですが、間に扇風機が入っていて、扇風機の羽がシャッターの役目をして、スクリーンに動画が映されるという原理です。

あと、上映ホール内で幕間に伊藤隆介さんの「ファンタスマゴリー」。東南アジアっぽい、いい意味で少々ちゃちい人形を逆さに吊って、モーターでういんういん揺らして。それを防犯用か何かの小さなビデオカメラで撮って、プロジェクターで会場スクリーン脇の壁面に映します。そうするとお人形が踊っているように見えます。それが2セットあって。ひとつは骸骨人形、もうひとつは手がバルタン星人みたいになってる鳥頭人形。
最終日はインスタレーション作品は片付けられていて、「ファンタスマゴリー」のお人形さんたちもいなくなっていて、ちょっとさみしかったです。

という訳でイメージフォーラムフェスティバル、楽しみました。
おしまい。

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