« 人工音声とホーメイの遭遇 | トップページ | ヨコハマメリー »

2006/05/30

ロネの日記

ロネの日記(大槻保彦:著 三和出版:刊)
いわゆる十八禁コミックです。あっという間に読了(爆)。

十八禁コミックはあまり読んでいません。山本直樹とか駕籠真太郎を少し読んでるくらい。
漫画自体あまり買うほうではないけれど。いや、ポルノが嫌いというわけじゃなくて。漫画はあっという間に読んでしまうからコストパフォーマンスが低いし。置き場所もとるし。
本を置くスペースがたっぷりあって、金銭的に余裕があるなら、もっと読んでると思いますが。

お話しは。

ある王国の王女、ロネがお城の図書室で自分と同じ名前を持つご先祖様、ロネの日記を見つける。ロネは男で王様なんだけど。ちょう肥満体、変幻自在のでかいイチモツの持ち主。性欲絶倫。性格暗愚、というかお人よしちょっと入っていて。ひとことで言えば“エロ豚”。そして、そのイチモツと好色な性格で周辺諸国の王族の女性たちを制圧し、平和を保っていた。で、ロネの日記はその痴態を絵物語で記した書物で、元来奥手だったロネ王女はその日記でヰタ・セクスアリスして、日記を見ながら自慰に耽る、と、そういうお話です。

ひとことで言えばエログロナンセンスですな。ちょう肥満体で好色なロネってのはあたしとしても親近感がもてます。でかいイチモツは持ってないけど。絶倫でもないけど。
絵柄も丸っこい、ちょっと素朴な感じがして好きです。エログロナンセンスを包むユーモアのセンスもGOOD。だんだんと過激な自慰に耽りだす王女の方のロネも可愛い感じ。祖先の残したエロ本で性に目覚めるというシチュエーションはちょっとツボでした。親が隠し持っていた春画を見つけたみたいな感じ?

絵柄はいわゆる“萌え”系の絵とはちょっと違うような気がしますが。もちょっと土臭い、素朴な感じ、というか、血が通ってる感じというか。となると本来の“萌え”系の絵は血が通ってないのかな?いや、“萌え”絵には一種の記号臭がするように思われますが。

読了後も興奮冷めやらずという作品ではないけど、楽しく読める作品でした。

本作はまだ完結していません。続編も書かれているようですが。ただ、本書も2年分の連載をまとめた物で、次の巻が出るのはいつになるでしょうかと作者の後書きもにありました。
ロネ王女、作中では日記を読みながら自慰に耽るだけという役回りでしたが、次の巻あたりから、彼女の方でもお話が進むようです。元来奥手だったのロネ王女、ご先祖様の日記で過激な性に目覚めたロネ王女、それでもまだ自慰しか知らないロネ王女、どうなっていくんでしょうか。

しかし、ほんと、本作を見るに、最近の十八禁コミックスって、性器描写は当たり前みたいですね。早いとこ実写でもポルノ解禁となって欲しいです。ただ、実写ペドだけ厳しく取り締まって。実写でなければ、小説とかコミックスとかではペドもあっていいと思いますが。実写になると被写体になった少年少女=被害者がいる訳ですから。
ただ、人が心に思うことは原則自由であるべきだと思います。どんなひどい妄想でも。

もちろんそれに耽るあまり、ドン・キホーテと化す人間も出てくるでしょうが。何度か書きましたが、ドン・キホーテが槍を携えて向かっていった相手が風車だから笑い話になるのであって、そこらへんの農夫とかだったら通り魔殺人であります。
そこらへんはどうすべきか?という問題がありますが。

ただ、もし、小説とかコミックとかでも、犯罪を誘発するからペドは駄目となったら。それを敷衍すれば、あらゆる犯罪的な、あるいはインモラルな描写のある創作物は、犯罪を誘発するからすべて禁止すべし、という事になります。それは嫌です。

いい加減な理解しかしてない岸田秀の理論を応用すれば。
人は各々てんでばらばらな“私的幻想”を持っている、と。で、その“私的幻想”から共有化できる幻想を集めて、“共有幻想”でもって社会を構築し、その社会で生きている、と。
しかし“共同幻想”に取りこぼされた“私的幻想”は個々人の中でくすぶっていて、それが社会の不安定さを生み出している、と。

で、私は思うのですが。その、取りこぼされた“私的幻想”の拠りどころが創作物ではないかと。言い換えれば創作物は“私的幻想のはけ口”、とも言えるかもしれない。もっと言えば、“社会化”されている“共同幻想”の裏の、もうひとつの“共同幻想”と言えるかもしれない。
はたしてそれを禁止する事がいい事なのかどうか?くすぶっている“私的幻想”を抑圧する事にしかならないのではないか、そして、その、抑圧された“私的幻想”が逆に社会を不安定にするのではないか、と思います。

何度も書いていますが。結局は“光”と“闇”のバランスが大事、と思っています。光だけの人間なり社会なりは存在できない。逆に闇だけの社会や人間は存在できない。そのバランスをどう取るか、ですね。
“光”だけでやっていけたらそりゃいいでしょう。そして、今の世の中って、そういう風に勘違いしている人が多いと感じています。でも、その挙句、抑圧してきた闇が突如噴出してきたり、あるいは、闇から出てきたものを光と言い張るような事があってはならないと思うのです。
もちろん、本当に、“ドン・キホーテ”問題はどうするのか、難しいところであるのですが。

閑話休題。

しかし、性器描写が解禁になれば。いや、だから、ある程度自己判断できる人が、自己の意思において、見たい人を対象に、性器を見せるのは許されるべきだと思います。これももちろん、借金でがんじがらめで仕方なく…、とか、自己の意思とは言えない場合もあるでしょうが。

いや、そうなれば、この国のポルノはどうなるのでしょうか。
性器を見せる/見せないが判断基準になっていた頃は楽だったろうと思いますが。
それが判断基準にならなくなった時、“ポルノ”とは何か、“エロシチズム”とは何か、問われるのだろうと思います。それに耐えるだけの創造性を今の日本のポルノ業界が、いや、日本人自体が、持っているのかどうか。そこまで日本人は性に貪欲なのかどうか、と思います。
それこそロネ王みたいにね。

|

« 人工音声とホーメイの遭遇 | トップページ | ヨコハマメリー »

コメント

某通販サイトに紹介されたロネの日記を
Google検索したところ、上位に表記されていたので拝見しました。

コメント内容が最近話題になっている、
石原都知事発言?の児童ポルノ条例話題にタイムリーだったので、
内心、またもやお導きかな?(※1)と、ほくそ笑んでしまいました。

ともすれ、貴方のようにしっかりと性文化を考察できる方がいらっしゃると安心します。
そんな気持ちがレスを入れた動機です(と、思いたい(苦笑)
ではこれにて。
良いコメント、ごちそうさまでした。


※1かもんななみ著「平将門魔法陣」 という本がありまして、
そこには著書作成における霊的お導き「兆し」について、具体的に紹介されてるのです。
それと似たようなことが最近多いものでw
近いうちに、何かこの児童ポルノ条例で何か騒動がおきるのかも
しれません……。
事が起きたとき、是非ご意見を投稿されてみてはいかがでしょうか?
(コレが今回のお役目ということなのかな)


投稿: N/S | 2010/03/10 23:29

◎N/S様
実は私、ここ数年、不思議なご縁に恵まれています。
別方面で知り合った人が実はお互い知り合いだったとか。
導かれているのでしょうか、私。
ただ、どっち方面に導かれているのかちょっと解らないのですが…。

ほんと、表現物についての規制はいっさいナシにしてほしいものであります。
もちろんそれに対して不快を表明することも自由。
そうやってカンカンガクガクやって相互理解を深めればいいと思います。

ただ、法規制だけはしないように。法規制されれば、そういった“健全な”方向づけすら不可能になりますし。

投稿: BUFF | 2010/03/11 17:49

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92510/10305037

この記事へのトラックバック一覧です: ロネの日記:

« 人工音声とホーメイの遭遇 | トップページ | ヨコハマメリー »