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2006/04/17

初めての寄席

15日、土曜日は浅草演芸ホールへ行きました。
柳家風太郎改め獅堂さんの真打昇進記念興行という事で。
電車の乗換とかで寄った事はあるけど、浅草で遊ぶというのも久しぶりです。

柳家風太郎さんに知り合ったのは、かわなか先生からの御縁でした。そして、内藤 陳会長とも「新宿ゴールデン・ガイ」とかで共演されました。

かわなか先生のご縁で、三遊亭あし歌さんや柳家風太郎さんがご出演の落語会とかは行った事があるので生落語の経験はありますし、寄席の建物自体は新宿末広亭の深夜寄席に行った事があって、どんな感じかは知っていたのですが、寄席の定席の興行は始めて、ちょっとドキドキであります。

浅草演芸ホール。またでがけにグダグダしていたので、到着は開演時間ぎりぎりで、席は後ろの方。席は椅子席か桟敷席かどっちだろうなぁと思っていたのですが、1階席は椅子席。狭目の座席配置なので、ちぃと太い人間にはきついです。2階席もあるみたいですが、どんな風になってるかは見損ねました。
緞帳はもう上がっていて、舞台の奥、いっぱいに獅堂さんの真打記念の垂れ幕。ピンク色の地に、右に獅堂さんの名前、真ん中に“獅堂”という字を丸くロゴにしたもの、そして、左にお名前がずらずらと。内藤 陳会長のお名前もあるようでしたから、たぶん後援者のお名前なんでしょう。上手にご祝儀のこも被りの酒樽、そしてスタンド型の衣文掛け。衣文掛けがご祝儀ってのは落語家さんらしいです。鳥居みたいにも見える形だから、縁起物なのかもしれません。それから下手にはご祝儀の反物?柄が見えるように扇形の棚に収められています。そして舞台袖の客席通路には生花が何基か。送り主の名札は私の座った位置からはよく読めませんでした。ホントメガネ買わないといけないかなぁ。

浅草演芸ホールの公演は、一応昼の部と夜の部に分かれています。昼の部は11時40分から4時半まで。夜の部が4時40分から9時まで。ただし、入れ替えなしなので、その気になれば11時40分から夜の9時までぶっ通しで見られます。

いや、ずっと、寄席ってどんな感じかなぁと思っていたのですが。

番組表を見るとだいたい1時間に4組くらいのご出演、つまりひと組15分くらいです。11時40分から12時までの前座さんはもっと短くて、10分くらい。ライブハウスのバンドの出演時間がだいたい40分くらいなので、そのくらいかなぁと漠然と思っていたのですが。ちょっと短いかなぁとか思いました。けど、人が集中していられるのは15分くらいとの話も聞いたことがあり、そのくらいがちょうどいい塩梅なのかなぁとも思います。ただやっぱり落語とか長い噺をじっくりというのは15分では難しいかと思うのだけど。だから寄席の他に落語会とかも行っとくべきなのでしょうか。

落語。落語ってのはだいたい“枕”みたいな雑談みたいなパートがあって、それから本題に入って、という形だとずっと思っていました。でも、その、“枕”みたいなので終わってしまう形もあって。実は、風太郎さんの落語会にご出演の鈴々舎馬風さんの落語がそういう風で、ちょっとびっくりしたのですが、そういうの当たり前だったんですね。これはやっぱりテレビとかラジオとか本とかの落語しか知らない者にとってはチョイと戸惑った部分です。寄席に行って収穫でした。

ある落語家さんの話に、「落語家は客を寝かせて一人前。」という言葉があって。はたと膝を叩きました。たとえば、浅草演芸ホール昼の部だけでも5時間近い訳です。そして、ご出演も20組以上。それこそ、出演者全部が面白いとしても、緊張感があって、耳をずっとそばだててないといけないとなるとかなりきついです。緩急があって、ある部分、いい意味で“ゆるく”ないといけない所があると思います。そういう出演順の組み立て方をしているんだろうなと思います。だから、“枕”だけの雑談っぽい、ゆるめの噺とかも組み込んでいるのではないかと。

いや、落語のはじめ自体そういう風だったかもしれません。”枕”みたいな雑談こそが落語の本質かもしれないと思います。
落語の歴史はあまり知らないんですが。たぶん、仲間内に雑談の面白い奴がいて、評判になって、そいつの家にみんな集まってきて、評判が評判を呼んで、どんどん話を聞きに来る奴が増えてきて、「じゃあ金を取ってやれるんじゃないか」と自然と興行化したと思うのです。定席の寄席の建物は新宿末広亭とこの浅草演芸ホールしか知らないんですが、両方とも舞台はしもた屋風の造りであります。末広亭は床の間や障子があったり、両方とも舞台奥は襖になってたり。しもた屋のお座敷でやってた頃の名残だと思うのですが。

で、一方、演劇、歌舞音曲というものは、神事が始まりだったと思います。神降ろしの儀式が始まりだったと。酩酊状態に入るための“音楽”、神が憑依したという意味での“演技”が初めだったかと。そう思うのですが。
いや、外していたらごめんなさい。

印象に残ったご出演の方。
昭和のいる/こいる、さん。漫才なのですが、掛け合いがなんか面白くて。ふたりが早口でてんでバラバラなしゃべりをしていると思うと、とつぜんピタっと息があったりして、感心しました。何かフリージャズあたりのセッションみたいな感じ。てんでバラバラに不協和音を鳴らしているのが突然ハモったりするような感じでした。

柳家紫文さん、三味線漫談の人。三味線をちんとんしゃんと鳴らす合間に漫談。『鬼平犯科帳』の有名な一説なのでしょうか。長谷川平蔵(鬼平)が歩いていると○×風の男と水商売風の女がすれ違う、その刹那、男は前のめりに崩れ落ちる、というようなくだりがあって、それでしゃれをひとつ、という笑い話。駄洒落なんですが、三味線の音があいまってイイ感じでした。

鏡味仙三郎社中さん、曲芸。故・海老一染太郎さんと海老一染之助さんで有名な、傘の上で色々な物を回す芸。テレビでは何度も拝見した事がありますが、生では初めて。その、傘の上で物を回す時の音、初めて聞きました。金属製の輪っかはしゃりしゃりと涼しげな音をたて、角ばった枡はボコボコと結構ものものしい音をさせます。

3時ごろいったんお中入り。つまり緞帳がいったん下がり、休憩時間になります。
それから幕が上がり、いよいよ真打襲名披露の口上。
獅堂さんを真ん中に、師匠の鈴々舎馬風さん、橘家円蔵さん、といった方々。
獅堂さんはその、お歴々の方々のお話最中、正座の礼の前のめりで、しかも頭を上げていないといけないみたいで、大変そうでした。さすがの獅堂さんもあのど派手なメガネは無しで、メガネ無しの獅堂さんはちょっと変な感じがしました。

橘家円蔵さん。まだ月の家円鏡さんと名乗っていらっしゃった頃、「お笑い 頭の体操」とかもちろん楽しみにみていました。仮面ライダーを見て、お笑い頭の体操を見て、八時だよ!全員集合を見て。お祖母ちゃん家とかでも見て、土曜日の、本当に楽しいひと時でした。本当にたくさんの時が流れて、そして初めて生で円蔵さんを拝見しました。感激でありました。

そして昼の部トリが獅堂さん。さすがにラメ入りフレームのメガネはご遠慮されたのか、それでも白い、ぶっといフレームのメガネ姿。着物は白地になにやら絵が描いてあったようですが、ちょっと判りませんでした。

お話は、うぅむ…、なんかフリー落語というか前衛落語というか実験落語といった趣。樹木の精たちの会話、と書くとなんとなくメルヒェン風味でもあります。
オチまで多段オチでありました。

こうして5時間近く、初めての寄席。
楽しかったです。

う~ん、できたらこんど寄席に行く時は平日に行きたいですね。今回はすし詰めで立ち見が出るくらいでしたが。がら空きでもなく、すし詰めでもなく、ちょうどいい塩梅の混み具合の時に。あと、お弁当とかおつまみとか缶ビールとか持ってきたらよかったです。お弁当をぱくつき、ビールをちびちびやりながら、ゆる~く楽しみたいなぁと思いました。

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