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2006/03/15

クッキーデー

昨日はホワイトデー。ヴァレンタインデーと無縁の私ですから、ホワイトデーも無縁であります。
しかしホワイトデー、昔はクッキーデーと呼んでなかったか?
クッキーデーならお返しはクッキーで良い訳だけど、ホワイトデーだとお返しはとくに限定されない、つまり高いものでもOKというかむしろそうしろっていう訳で、商売人がクッキーデーという言葉を殺したんだろうけど。まぁ、なんにしろ恋愛資本主義。

何度も書いているけど、恋愛の商品化。恋愛そのものは金で手に入るものじゃない、でも、恋愛にまつわるさまざまなアイテムは金が要る。そういうシステムは素晴らしいと思います。金持ちはいくら金をつぎ込もうとも、貧乏人だってそれなりに金をつぎ込ませるシステム。例えば恋愛が金で手に入るものなら、1万円の恋愛より10万円、100万円、あるいは1000万円の恋愛のほうが良い、となるし、そうなると金持ち有利、貧乏人不利で確定してしまうのだけど。でも、恋愛そのものは値段がついてない、となると。建前上は金持ちの恋愛、貧乏人の恋愛、恋愛そのものの優劣はなくて。でも、それを手に入れるためのアイテムには値段がついている、と。だから金持ちも貧乏人も恋愛に金をつぎ込む、と。そういうシステム。金持ちからも貧乏人からも等しく金をむしるシステムとして素晴らしいと思います。それが恋愛資本主義。

そして恋愛教。神無き、理念無き、現代社会。人の自我の安定のための拠りどころはどんどん消えて行って。そのぶん人は自由になった訳ですが。でも、現代人は自我の拠りどころを入手しづらくなっている、と。そこで「恋愛」が自我の拠りどころとしてクローズアップされて。で、恋愛教と。

恋愛教と恋愛資本主義は手に手をとって今の時代にのさばっていると。そして、この消費文明の一翼を担っていると。
もちろん、消費という行為そのものも現代においては自我の安定に役立っているのだけど。
その役立ち方は微々たる物で、だから人は消費に消費を重ねていくようになってしまっていると。

例えば、真のエコロジー社会が成り立つためにはその自我に安定を与える消費社会という枠組みそのものを何とかしないといけないだろうと思います。そして、餓えたような消費活動を抑えて。しかし、今時のエコ社会は、消費主義社会においては“エコグッズの消費”という奇妙なそらし方をされていて、それは真のエコロジー社会ではないと思います。

“習い損ないの学ひけらかして エコロジーだと大威張り
海に毒をまき散らかして 里には疫病植えつける”
(三上寛『鄙びた漁師町』)

自我の安定、つまり“幸福論”の組み直しが必要だと思うのだけど。
もちろん“心の時代”という安直な物言いはしたくないし、できないと思います。
そして、宗教とか、かつての自我の支えだった物への安易な回帰もできないと思いますが。

しかし、三上寛さんの『鄙びた漁師町』は名曲だわ。
今様のプロテスト・ソングだと思います。
そして、今時のプロテスト・ソングは体制とか“外部”に向かうんじゃなく、「我々」、つまり“内部”に向かうものであるべきだと思います。そうである自分、そうなりかねない自分へ。そして、その上で、そう仕向けた“外部”へと逆照射して行く、と。そうするべきじゃないかと思います。

なんかとりとめもなく。

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