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2006/01/25

何はさておき

何はさておき(ナンシー関:著 角川文庫)
読了。

ナンシー関さんの本にハズレなし、であります。何か読みたいと思って本屋さんに行って、でも、読みたい本が見つからない時、自分が何を読みたいのかも解らない時、ナンシー関さんの本を買っておけばまず間違いがありません。
2002年の6月にナンシーさんは急逝されたのですが。私も太り過ぎだから、ナンシー関さんの死は身近に感じてショックでした。

2002年8月のテラヤマバスツアーで青森市街を見学しました。
寺山修司にまつわる場所、青森高校とか、下宿していた寺山修司の叔父の映画館跡とか、通っていた聖マリア幼稚園とか見ました。聖マリア幼稚園はナンシー関さんも通っていたそうです。そして、沢田教一の生家跡とナンシー関さんの生家も見ました。失礼ながら決して広くない、箱庭のような青森市街、たくさんの才能が生まれたのだなぁと思いました。

ナンシー関さんの生家は時々ナンシーさんご自身がお書きになってるようにガラス屋さんです。ガラス戸の出入り口、たぶん品物を置くための土間があって、そこは薄暗くて、その奥にまたガラスサッシに区切られた明るい帳場がありました。その薄暗い土間と明るい帳場のコントラストが印象に残っています。バスの窓からちらりと見ただけですが。

本書は前半にテレビエッセイ、後半にその他色々な文章が収められています。後半部分は寄せ集めな感じがして、やっぱり没後に出た本なのだなぁとちょっと寂しい感じがします。
私 はテレビをほとんど見ないので、テレビエッセイの元ネタは実はほとんどわかりません。役者さんやタレントさんの名前もほとんど知らないし。でも、面白く読 めます。それは、たぶん、ナンシー関さんの物の見方がしっくりくるせいだと思います。たぶん、それは、寺山修司の物の見方にも共通している部分があると思 います。

青森、青函連絡船の街。本州と北海道を繋ぐ場所。たくさんの、いろいろな人が行き来していたと。あるいは、青森まで来たけど、対岸に渡る勇気のな かった人たちが居ついたりして。それは行きそびれた人たちか帰りそびれた人たちか。そういういろんな人たち、価値観の違う人たちの交わる場所だから、そこ に暮らす人たちはオルタネイティブな物の見方というのができるのではないかと思います。

寺山修司のエッセイ、“さかさま”シリーズ。ちょっと視線をずらすだけで軽やかに既存の物の見方をひっくり返す手品のような文章、大好きでした。そ れは、あの頃、息苦しかった私に“もうひとつ”の物の見方を教えてくれました。まぁ、ヒネた物の見方と言えば言えるかもしれませんがね。

それと同じものがナンシー関さんのエッセイにもあると思います。ナンシー関さんのテレビエッセイにおいては、それは、ひとつのイメージを押し付けようとしているマスコミ側へのすばらしいツッコミとして機能していると思います。

しかし、ナンシー関すでに亡く。マスゴミとかは一方的なイメージを押し付けるだけ。ナンシー関さんみたいにそれに軽やかに突っ込みを入れてくれる人は現れませんねぇ。
「ナンシー関のいない時代は不幸だが、ナンシー関を必要とする時代はもっと不幸だ。」なんてね。
しかし、その、突っ込む姿勢、それは外に対しても自身に対しても、は大切だと思います。暴走を防ぐためにもね。そして、ここらへんの物の見方、いわゆる“SFマインド”にもあると思うのですが。

それぞれの文章の後には、その文章の書かれた年月が記載されています。どうしても「ナンシー関さんが亡くなる何年前、何ヶ月前に書かれた文章なのだなぁ。」と思ってしまいます。

私は太りすぎでで死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。だからと言って墓は立てて欲しくない。私の墓は…。
なんてね。

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