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2005/12/21

煙草は嫌い?

今から書くことは微妙な問題だと思うし、書きようによっては大いに反感を買うものだと思います。が、やっぱり気になってる事だから書いてみようと思います。それに、1日10人もここを見る事はないし。こそっと、ね。

某フィギュア関係の掲示板での話だけど。
配達されてきたフィギュアの梱包の包みとか伝票が煙草臭いって書き込みがありました。それで配送会社に文句をつけようというやり取りになっていきました。
ちょっと鼻白みました。そこまで神経質な人がいるのかなぁって。
私は煙草のみだから、偉そうな事は言えないけど。

私の感覚からいくと、箱に煙草の臭いが少しついてるくらいどうって事ないと思うのですが。配送トラックの運ちゃんが煙草のみで臭いがついたみたいですが、トラックに乗せられたほんの数時間煙草の煙をかぶっただけだろうから、煙草の臭いプンプンという程じゃないと思いますし。中身にまで臭いが移ってはいないみたいだし。

いやしかし、私は煙草のみだけど、ここまで煙草アレルギーな人がいるとはちょっと驚きです。そして、それは、感性だから、知らない間に身について、簡単には変えられない事だと思います。いや、当人は変えたいとは思っていないはずですが。

振り返って見れば、煙草の害は喧伝されています。副流煙とかで、煙草を吸わないけど、煙草の煙を吸い込んでしまう周りの人にも害はあると。もちろん、煙草の臭いを嗅いだくらいで健康被害が出るとは思えないけど。その、反煙草の言説がここまで煙草アレルギーな人を生んだのだなぁと思います。そこまでいくべきだったのでしょうか?

まぁなんでそこまで煙草だけが目の仇にされているのかなぁと思うのも本音です。
この空気を汚すもの、人に害をなすもの。煙草だけじゃないです。自動車の排気ガス、工場の煤煙、それらのほうがもっと健康被害を出していると思いますが。もちろん自動車産業は日本にとって大切な産業。そして日本は工業立国でありますから、そちらに不満を持ってはいけない。それを叩くことは同時に自分たちの“豊かな”生活の根底を叩くこと。でも、非喫煙者にとっては煙草はどうなってもいい事、その分こいつは叩いて大丈夫という感じになっていて。逆に、だからこそ、他に空気を汚しているものの分も含めて煙草を叩いているのじゃないかと思います。

またぞろ煙草税を上げようとするそうですが。自家用車なんか自動車産業を持たないデンマークでは180%の税金をかけているそうですが。私は煙草はのむけど自動車は運転しないから、そうして欲しいと思います。煙草を禁止するよりも空気はずっときれいになると思いますが。でも、煙草アレルギーの人たちはそういう考え方に賛同するかな?もちろん日本でそういう事をやったら自動車産業は大打撃で、街には失業者があふれるでしょう。煙草産業が消えるよりもずっと多くの失業者が。

もうひとつの視点としては、煙草を吸っている“人間”が目に見えるという部分があると思います。
車という機械から吐き出されている煙じゃない、どこにあるのか解らない遠くの工場から吐き出されている煙じゃない、目の前で、自分と同じ人間が吐いている煙で自分が害を受けるというのは切実性が高いと思います。煙草の煙は目に見えるし。それに触れるのも視覚と嗅覚で捕えられるし。

もし太平洋戦争で連合国軍が日本本土に上陸していたら、日本人があれほどすんなりと占領を受け入れられたかという議論があります。米軍は空襲でたくさんの本土の日本人を殺しましたが。でも、それは人の姿をとってない、爆撃機とかによるもの。それがクッションになっていて。もし、米軍が本土に上陸していたら、アメリカ兵が人のかたちをとって日本人を殺していたら、アメリカに対する根深い反感が日本人に植えつけられていたんじゃないかという議論があります。
それと同じようなものかと。

ちょっと話を戻しますが。

つらつら考えるに、それは煙草ひとつの話だけじゃなくて。
侵されるという感覚にかなり人々はナーバスになっている部分もあるんじゃないかと。例えば、ハラスメントというのもその侵される事への恐怖じゃないかと。それが社会通念となっているから、ハラスメントと呼ばれる行為を法によって規制するようになったと。
誤解を恐れますが、私はハラスメントをして良いと言っているのではありません。

フィギュアという、彼らの大好きなもの、それがガワだけとはいえ、煙草という彼らの忌み嫌うものの臭いがついているということ、それがどんなにショックなのかは理解できます。
というか、私も彼らの側の感性を持っていると思います。

小さいころ、注射が怖かったのも、痛みよりも注射針に貫かれるという、侵される恐怖があったせいかと思います。ピアスを空けたのは、その気持ちの裏返しかもしれません。そして、心から寛げるのは、部屋で独りでいる時です。それも他者のいない空間、他者から侵される事のない空間じゃないと落ち着けないせいだと思います。

自分を侵そうとする物に対しては敏感だし。満員電車の中、ヘッドフォンステレオから漏れる音、携帯電話の会話、きつい香水の臭い、苦手です。もっと端的にいえばイライラと怒りを覚えます。
ただ、そういう感性はちょっと神経質すぎやしないかと自分に突っ込むもうひとりの自分がいて、それでバランスが取れていると思います。
でも、例えば、ヘッドフォンステレオから漏れる音で健康被害が起きるというどっかの学者の説を目にすれば、(それがトンデモ学説でも)その説に飛びついてヘッドフォンステレオ排斥運動に加担するかもしれません。

ただ、こう言った現象を私がどれほど理解してるかはわかりません。あさっての説かもしれません。
しかし、こういった感覚、煙草ひとつに対するものだけでなく、他の、もっと微妙なものにまで、例えば差別に繋がるものにまで波及するとどうなるかなぁと思います。(今でも煙草のみが差別されているという感覚は持ちますが)
そして、私も知らず知らずのうちにそういう感覚を身につけているかもしれない、かも知れないじゃなくて多分身につけているんじゃないかと少し畏れています。

なんていえばいいのか、この国のメンタリティってどんどん変な方向に行ってるんじゃないかと思うのです。だから、私が思うことをうまく書けたかどうか解りませんし、暴論かもしれませんが、こういう事を書いておきます。
ほんとにここは1日10人も来ないサイトなんですがね。

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