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2005/12/26

クリスマス・アフター

とゆー訳でクリスマスも終わり、あとはお正月を迎えるばかりではあります。
つ~ても部屋の片付けはいっこう進まず、お正月を迎撃する態勢は整っておりませんが。たぶん毎年の如く無理でありましょう。いちばん問題なのは正規の収納場所を設定してない、設定していても収まらないほどの物の量という部分にあると思います。それはもうちょっと広いところに引っ越すか、思い切って色々捨てまくらないといけないと思いますが。例えば、本なんかも本棚からあふれていますし。

クリスマス、嫌いではないです。まぁ、冬のいちばん寒い時期に心の暖まるイベントを持ってくるのは人類の知恵だと思いますし。そして、子供たちにはいい日であればいいと思っています。しかし、盛り上がってるカップルはバガヤロ様でありますが。バガヤロと思いつつそういうのを見るのが嫌でお出かけを渋っておりました。

が、24日は万有のお芝居に出かけて大正解でありました。行きは満員電車の中で盛り上がってるカップルを見かけるとバガヤロ様でしたが、帰りはなんとも思いませんでした。ちいとと呑んでいたのと、とても良いことが有りました故。

しかし、まぁ。
いちばんクリスマスでむかつくのはここぞとばかりに湧いて出るキリスト教系の街宣車です。バカップルじゃなく。あの、おどろおどろしいアナウンスを撒き散らしている連中。

私だって本来の意味を見失った消費社会のイベントと化しているクリスマスはおかしいと思いますが、ああいう方法で水を差さなくてもいいじゃないかと思います。恐怖を煽り、ありもしない罪悪感を植え付けて人をコントロールしようとする。もちろん人をコントロールする方法論としては有効でありましょうが、醜悪な方法だろうと思います。仕方ないんだろうけどね。
そういう風にコントロールされる人間にはなりたくないです。そうなるとずいぶんこっちも“誇り高く”ないといけませんが。

しかし、恋愛資本主義。クリスマスには彼女と盛り上がらなくてはと強迫観念に追われているのだったら、とてもつまらないなと思います。私もその強迫観念に染まってないとは言い切れませんが。

今時の女性(男性もそうかもしれませんが)、相手をころころ変えたり、二股かけたり平気みたいな人が増えているようですが。それは貞操観念の無さとか、我欲でのみ生きているとか、そういうのからじゃないんじゃないかと最近思う事があります。
恋愛教に骨の髄まで染まり、恋愛してない状態を、孤独をひどく恐れているんじゃないかと。だから、例えば、新しい恋人とうまく行きそうな目処が立たない限り、どんなに気持ちが冷めてても今の恋人を捨てられなくて、結果として二股になってしまうのかと。そして、セフティネットとして複数の恋人をキープしているのではないかと。

私は孤独を知っています。それがどんな手触りでどういう風に人の心を蝕んでいくか、ある程度は知っています。そして、それに耐える事、耐えていかなきゃいけない事も解っています。そして、ある程度は孤独に耐えられると思います。自分が正しいと信じるもののために孤独を恐れぬ冒険小説や探偵小説のヒーローたちも心の支えであります。もちろん、どこまででも自分は孤独に耐えられるかというとそうでもないのも自覚していますが。

車中風景の如く、まぁ今時は皆さん携帯メールとかで常にメッセージのやり取りをしてないと気が済まない世の中ではあります。皆さん孤独をどれだけ恐れているか。その恐怖たるや大変なものなのでしょう。

しかし、孤独を恐れるあまり、真の人間関係が結べない部分もあるんじゃないかと思います。真の人間関係がどんなものか、それが人にとって必要なものか、よくは判らないんですがね。

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