« 車力寄席 | トップページ | 夏の暑さは »

2005/08/02

ニセモノ師たち

ニセモノ師たち(中島誠之助:著 講談社文庫)
読了。「何でも鑑定団」で鑑定人としてご活躍の著者がニセモノについて語った本、です。

うろ覚えだけど、寺山修司の言葉に「事実は人間なしでも存在できるが、嘘は人間なしには存在できない。」なんていうのがあります。また、寺山修司のエッセイによると、寺山修司自身、偽絵葉書とかをこしらえるのに夢中になったとか。捏造された記憶。
だから、嘘というのはとても人間臭いものではあります。だから、ほんとより嘘を通しての方がその人を、あるいは人間というのを、雄弁に語るのかもしれません。それが本書を手にとってみた理由です。

贋作の世界。どうも本書を拝見すると、贋作も含めて骨董の世界というような感じがします。それだけ奥が深いというか、いや、清濁併せて、それが人の営みの世界として受け入れられているというか。それだけの深みを持つ世界なのだろうなぁと思います。

著者はだまされる素人の三法則として。
1.欲が深い。(掘り出し物話とかに弱い)
2.出発点のレベルが低い。
3.適度に小金があり、教養もあること。
を挙げています。
そして、骨董道の修行には、
1.自分の美意識をしっかり持って、欲にとらわれないこと。
2.骨董品は、高いものだということをよく理解すること。
3.出発点は高いところに置かなければならない。
いい物をたくさん実見して感性を磨き、本物を求め、身銭を切る痛みを覚えよという事になるようです。
いいカモになって、贋物を掴ませられているある人物を、筆者が「不健全で、後ろ向きの話になぜか魅力を感じて、どんどんのめりこんでいく」タイプと評しているのにははっとさせられました。私もそういう部分、ありますもの。

贋物を巡るエピソード。著者が贋物を掴まされた話、あるいは掴ませた話、そして、贋物取引きのダシにされた話。う~ん、そのエピソードを見ると、先に書いた通り、贋物も含めて骨董の世界なのだろうなぁと思います。そして、自分の目利きが誇りの世界だから、贋物を掴まされるのは掴んだ方が悪いという風潮。もちろん、だからこそ、骨董の世界は敷居が高いのでしょうが。

著者の指摘ですが、お客さんが贋物を掴まされている時も、あえてそうとは指摘しないそうです。そういう冷や水をぶっ掛けるような事を言っても逆に恨まれるだけとか。鋭い人間観察に基づいているなぁと思いつつ、でもそういうんじゃやっぱり骨董の世界は閉鎖的になってしまうんじゃないかと思います。でも、それでもいいんじゃないかとも思います。骨董の世界は限られた品物を皆で必死に求める世界。ほんとに一握りの、選ばれたというか業に動かされたというか、そういう人たちの世界であればいいのかなと。

偉いセンセイ、鑑定書や箱書きを信用するなという話。センセイは騙す事もあるし、鑑定書の偽造もあるし、箱だけ昔のものを使って、中身は贋物というのもよくある話だそうです。結局は自分の見る目を磨いて、物にあたって、それが語るのを判断するしかないと。

本書はとても面白かったです。ほぼ一気本でした。

|

« 車力寄席 | トップページ | 夏の暑さは »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92510/5276346

この記事へのトラックバック一覧です: ニセモノ師たち:

« 車力寄席 | トップページ | 夏の暑さは »