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2005/07/27

うんざり…

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050721-00000030-zdn_n-sci
「レコーダーでCM認知は下がらない」──電通が反論
とか。つまり、デジタルヴィデオレコーダーでCMを見なくなる人が増える、CM認知度が下がるというスポンサー側の懸念に対する広告代理店側の反論ですね。

えと、私は、録画した番組を見る時でも、ほとんどの場合、TMPEG MPEG Editor EEでCMカットの下ごしらえをしてから観てます。CMでいくら物欲を刺激してくれたって、今の経済状態ならCMされている品は生活必需品を除けばほとんど何も買えないし、下手に物欲を刺激されてストレスが溜まるだけですもの。

そう、結局現代社会に生きる我々は消費するブロイラーだと思っています。ブロイラーは24時間明かりをつけられた鶏舎で昼夜なく餌を食べさせられ続け、卵を産まされ続け、そして、ボロボロになったあげく、ツブされて、炙り焼き(ブロイル)用くらいしか使い道のない安い鶏肉になっちまう。我々だって同じ、24時間CMを見せられ続け、物欲を刺激され続け、夜昼なくお買い物にあくせくする。そして、お買い物のためのお金稼ぎにあくせくして、くたびれきってくたばって、火葬場で焼かれてオシマイ。

そう、広告宣伝活動なんて、けっきょくは本当は必要でないものを必要と思い込ませる詐術だと思っています。

前にも書いたけど。
「キレる子供たち」ってのもその背後には、この、自我がブクブクに膨らまされた挙句、物欲を刺激されまくって欲求不満状態にされた事が大きな原因だと思っています。残酷な漫画とかアニメとかゲームより大きな原因かと。

そして生齧りの岸田秀の理論を援用すれば。
自我ってのは元来不安定なもので、何らかの支えを必ず必要とするもの。かつて自我の安定に役立っていた宗教、あるいは人とのつながりってのは現代社会ではその力を失ってきて。今は消費行動がその自我の安定に役立つものとして仕向けられているのじゃないかしら。例えばストレスが溜まって、つまり自我が不安定になって、思わず衝動買いとかありますもの。でも、消費行動で得られる自我の安定なんてのは微々たるもので。だから、人は消費を続けるようになってしまったと。

そして、「しろはた」の本田透さんの理論を生齧りに援用すれば。
自我を安定させるもの、宗教とかの力が弱まった昨今、自我の安定をもたらすものとして恋愛が残っていた、と。しかし、恋愛自体も恋愛資本主義、あるいは消費型恋愛として消費社会に組み込まれてしまったと。つまり、恋愛するにはイケメンであるか、そうでなけりゃもカネがいる時代になってしまったと。

広告宣伝活動の一切を禁止してしまえば、世の中もっと落ち着くと思うのですがね。今時の小手先のエコロジー活動よりももっとエコ社会も実現できると思うし。しかし、そうすればこの社会は崩壊してしまうのでしょうが。

今の世の中うんざりしているけど。
でも、一方で私は今の消費社会の枠組を楽しんでいるのは認めます。
明日のご飯の心配をしなくていいのもこの豊かな社会のおかげだと思っています。
が…。

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