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2005/06/24

輝く断片

輝く断片(シオドア・スタージョン:著 大森 望 他:訳 河出書房新社:刊)
読了。

スタージョンの法則と言うのがあります。「SFにおいてその90%はクズである」から派生して、「全てのジャンルにおいてその90%はクズである」という法則でしたっけ。そのスタージョンの短編集です。
スタージョンを読むのは初めてになるのかなぁ。しろはたさんで紹介されていたのが購入のきっかけでした。

短編集です。SFではない作品もあります。最新の作品でも50年前近くの作品。でも、古びた感じはしません。
それと、読み始めるとやっぱり大家の作によるせいか、文章にどことなくいい香りまします。そういう本は久しぶりです。
(以下ネタバレゾーンにつき)

取り替え子(1941年作品 大森 望:訳)
おとぎ話、かな?ある夫婦が遺産を相続するために、口やかましい叔母の下で赤ん坊の世話をして見せなければいけない。夫婦には子供がいないし、赤ん坊をどうしようと相談していると、“取り替え子”が現れ、夫婦は頼み込んでその取り替え子に赤ん坊役を引き受けてもらう、と。“取り替え子”と言うのは、赤ん坊を虐待する、あるいは甘やかしすぎる親の元にやってきて、赤ん坊の代わりになる一種の妖怪みたいです。子泣き爺みたいな感じで、赤ん坊と思って世話をしていると実はオッサンで、親を驚かせる、そして、親が子供の扱いを改めると元の赤ん坊を返すそうです。

その取り替え子がほんとにオッサンぽくていい感じでした。尊大に威張り散らしながら、でも、女の人がオムツを替えようとすると、大事な所に触ろうとするとえらくあせる様子がいい感じ。

ミドリザルとの情事(1957年作品 大森 望:訳)
艶笑SFになるのでしょうか。
しかし、デカけりゃデカいほどいい物なのかなぁ?ちょっと腑に落ちませんが。
あまりデカ過ぎたら痛いと思うし…。
ええ、あたしは女性経験が貧弱だから良く分かりませんわ。

旅する巖(1951年作品 大森 望:訳)
こちらはまっとうなSFネタで落ちがつきます。
しかし、岸田 秀あたりを読んでいると、こういう風に人類がなったら、社会そのものが崩壊してしまうと思うのですが。いや、社会が崩壊しても人類が幸せになればそれでいいと思います。

君微笑めば(1955年作品 大森 望:訳)
こちらもSF。
あるやり手な自尊な男が、かつての同級生だった、うすのろっぽい男と再会し、そいつをからかって楽しもうとしたら、実は…、というお話。
私はうすのろですから、うすのろ男がいちびられているのに腹が立って、結末に快哉を感じました。
えぇ、こういう奴っていますね。

ニュースの時間です(1956年作品 大森 望:訳)
奇妙な習慣を持つ夫、それを矯正しようとした妻、しかし、それは、大いなる惨劇を生み出すきっかけだった、と。傍から見たら奇妙な習慣でも、当人にはそうする必然があるのだから、それを理解せずに矯正しようとするとさらに悪い事態になる、と。
本作はSFじゃないけど、その“奇妙な習慣”に対するスタンスの取り方ってのがSFマインドを感じさせます。多様性の受容というか。

マエストロを殺せ(1949年作 柳下毅一郎:訳)
キモメンの主人公がイケメンのバンドマスターを殺す話。
主人公がバンドマスターを憎む理由がちょっと理解できませんでした。女がらみもきっかけのひとつなんでしょうが、、主人公の独白にはそれだけが理由でないとあるし。
キモメンのイケメンに対するルサンチマンがそこまで主人公を駆り立てるという感じもあまりしなかったです。

思うのは、他者に対する畏敬の念は、それが深ければ深いほど、ちょっとしたきっかけで憎悪に変化するんだろうなぁということ。昔から「可愛さ余って憎さ百倍」といいますし。
これも自分の経験からもそう理解できます。

ルウェリンの犯罪(1958年作 柳下毅一郎:訳)
ナンパ自慢とか、ちょっとした悪事を吹聴する周りの連中。
ルウェリンがそういうことをする連中にコンプレックスを感じないのは、ある、連中よりもっとすごい悪事を自分が働いているという自信があったから。そして、その“悪事”以外、彼は淡々とした日常を過ごす男だった。しかし、その“悪事”は実は…。というお話。

“同棲”がそんな悪事かなぁと思いました。私は同棲経験は無いけれど、周りに同棲しているカップルは何人かいるし。まぁ、“神に祝福された”結婚をせずに同棲するのは、当時としてはとてもインモラルな事だったのかなぁ、と。それはキリスト教圏の人しか理解できないのでしょう。

相手に飽きたら後腐れなく別れるために入籍はしなくて同棲するとか、貞操観念のなさで気軽に同棲するとか、そういういい加減な関係で同棲する人は嫌いですが。(別に結婚まで処女や童貞を守るべきとは思いませんが、ある程度の貞操観念は持っているべきだと思います。)相手にきちんと、真剣に対していて、そして、相手を大切に想う、お互いが相手が幸せでいられるような関係を築く、そうするのであれば、同棲だろうが結婚だろうがどっちでも良いかなと思います。

そして、悪事をやってない事にコンプレックスを抱くというのもね。悪事って、無理に働く必要はないと思うのだけど。やっぱりコンプレックスを持ってしまう人は、そういう事もコンプレックスになるのでしょうか。

本作も「ニュースの時間です」と同じく、いっけん奇妙に見える関係が、それでも安定していて、その奇妙さをなくそうとして、その安定が壊れて悲劇が生まれるという作品です。

輝く断片(1955年作 伊藤典夫:役)
キモメンが街で大怪我をした女の人を拾う、そのキモメンはその女の人を持って帰って、自分ちで養う事にする、というお話。
主人公の53年間の孤独。気が遠くなりますが、あたしもその後を追っかけているようです。
主人公の気持ちは痛いほど分かりますし、それは絶対やってはいけないことだと分かります。しかし、53になればやっちゃうかな?

その女性が主人公をどこか完結した所がある、と評する部分、ちょっとイタかったです。たぶん、もてる・もてないって本質はそこにあるんじゃないかと思います。たぶん、主人公も人間嫌いのさみしがりなんじゃないかなぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本書を通読してみて、「異形の者」が主人公にすえられている作品が多いなぁと思いました。姿かたちだけじゃなくて、もっと生き方とかそんな部分で。そういう「異形の者」に対するスタンスが、いっけんSF以外の作品も多い本短編集にSFの匂いを感じさせてくれるような気がします。

畸形認メ申ス

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