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2005/04/05

隣の家の少女

隣の家の少女(ジャック・ケッチャム:著 金子 浩:訳 扶桑社ミステリー文庫)
読了。本書が今年の熱海行きのお供でした。

(ハナからネタバレゾーンにつき)

主人公・ディヴィッド少年の隣の家、チャンドラー家。亭主と離婚し、女手ひとつで3人の息子を育てるルースは気のいい隣人で、その3人の息子たちとディヴィッドは仲良しの遊び仲間だった。
ある日、交通事故で両親を亡くしたメグとスーザンがチャンドラー家に引き取られてくる。メグは快活な子。スーザンはまだ交通事故の傷が癒えてないけど、姉思いの優しい子。

いつもは気のいいルース、しかし、亭主と離婚し、女手ひとつで3人の息子を育てなきゃいけない鬱屈は、彼女の内心に巣食っていて。メグとスーザンという、格好の攻撃対象を得たルース。メグとスーザンに対する虐待は、ディヴィッドをはじめ周りの子供達を巻き込みつつ、次第に集団狂気の世界にはまり込んでいく、と。

スティーブン・キングやクーンツが得意とする、ノスタルジーを感じさせる少年時代の描写は、ケッチャムの書く本書でも見事です。桐生祐狩さんも『夏の滴』でそういう描写が見事だったから、そういう才能ってホラー作家の資質かもしれない。
小川でのディヴィッドとメグの出会い。少年の頃の、淡い初恋の出会いを感じさせて。

しかし、それに忍び込む狂気。しかも、メグは女の子だったから、男の子達の、女の子に興味を持ちだす年齢の男の子達による虐待は、ある意味さらに残酷になって…。

普通、本書を手に取る人たちは、どういう人たちなのでしょうか?こういう虐待の世界は自分とは無縁と感じている人たち?
正直に告白すれば、私はいじめられた経験もいじめた経験もあります。もちろん本書に描かれているほどエスカレートした事はありませんが。

だから、本書に描かれている虐待の世界、ひどくヒリヒリと感じました。しかし、また、ある種の魅力、嗜虐の快感も感じたことも事実です。私自身ディヴィッドの隣あたりに立っている気がしました。
そして、本書に描かれる、虐待する側の、一種の“共犯”関係の心情も、おぼろげですが理解できます。
集団の狂気に個の理性など脆いものであると理解しています。

現実には、本書のような凄惨な虐待の世界はまれであるとは思うけど、狂気の世界から何とか理性の側に戻ろうとしたディヴィッドのような人物もまた、まれであると思います。だから、現実のいじめの世界では、ゆる~い生き地獄の日々が続くわけで。
もちろん、本書の虐待の世界を軽く凌駕する事件、『女子高生コンクリート詰め殺人事件』、そして子供の虐待殺人などがしばしば報じられている今日の日本ではありますが。

虐待の口火を切ったルースの心情も理解できます。その鬱屈のはけ口を求める気持ちも。理解できるけれど、認めませんが。
例えば、ナチスによる、いや、当時のドイツ人によるユダヤ人の虐待。ベルサイユ体制下、鬱屈しきったドイツ人。その鬱屈の晴らし先としてのユダヤ人虐待。
そして、ネットでの“祭り”や、現在時々マスコミがやらかすパッシング・モード。特定の有名人を叩きまくる態度、それを楽しむ大衆サマにもそれは通じていて。今時の大衆サマの心の底にも、鬱屈はあるのでしょう。それは末期消費社会のありさまかも知れず…。

だから、本書に描かれたような虐待の心情は、決して他人事の世界ではなく、正気を嘯く世間一般の人たちの心情の、ほんの隣にある世界であると思います。だから、こういう世界に落ち込みたくなければ、他人ではなく、まず、自分の心に最大限の警戒心を持たなくてはいけないと思います。そういう事のできる人間って、まれでしょうが。

例えば、マスコミ人や大衆サマは言うでしょう。「連中は悪いことをしてるから叩くんだ」って。しかし、ユダヤ人を虐待していた頃のドイツ人だって「ユダヤ人がドイツを駄目にした。彼らは諸悪の根源である。」と言っていたでしょう。そして、学校なんかでもいじめっ子達はいじめられっ子を「あいつ、臭いんだもの。」とかなんて理由を口にするでしょう。

集団の狂気に個の理性はやすやすと飲み込まれてしまって。いや、今の日本全体がそうかもしれません。
しかし、冒険小説を愛し、ハードボイルド小説を愛し、その、ヒーロー達に憧れと敬意を持つ者としては、彼らのように生きられたらと願う者としては、モラルを重んじなければと思います。孤立を怖れず、誇り高くなくては。
それが自分にできてるかどうかは疑問だけどね。

『隣の家の少女』、判る方にはおススメであります。

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