« 三上寛ワンマンライブ | トップページ | 行きたいところ »

2005/04/18

本田透と岸田秀、そして寺山修司

岸田秀の『ものぐさ精神分析』(中公文庫)、ぼつぼつと読んで再読了しました。
再読してあっと思ったのは、『ものぐさ精神分析』も本田透の『電波男』と同じく、最後の項で母親との確執が描かれていた事でした。『ものぐさ精神分析』は『電波男』の前に読んでいたから、『電波男』を読んだときにピンと来ていて良かったものですが、頭悪いね。両作とも、最後に、自身の母親とのヒリヒリする確執、重い話が書かれていて。
『電波男』はこのあとがきを入れるかどうかで論議があったそうですが。

『ものぐさ精神分析』では、この、岸田秀と自身の母親との確執の項目を置くのに、ずいぶん気を使ってるなという感じがしました。まず、岸田秀が詩人を目指していた話、当時の詩など紹介したり、そういう、他人にはあまり話しにくい、自分のちょっと恥ずかしい?話をして。次に、大学時代、仲良くなったスリがスッた時計を質に入れたいというので岸田秀が自分の早稲田の学生証を貸した話とかあって。つまり、はっきり言って犯罪話なんですが。そういうのも打ち明けて、そして、最後の最後、母親の話をもってくる、と。つまり、告白話の最後に母親の話を持ってきた、と。
もちろん、『ものぐさ精神分析』はあちこちで書いたものをまとめた本である訳で、執筆順はこの通りではありませんが。

ちなみにそのスリとの友情話?は、初出が進研なんとかという雑誌だそうですから、受験関係の雑誌かな?その、受験誌に大学時代、スリがスった品物を質に入れるのに大学の学生証を貸したというエピソードを載っけるというのは、なんか岸田秀の茶目っ気というか、イジワルさというか、受験制度に対する敵愾心というか、そういうのが出ていると思います。

そして、“母親との確執”という話になると、寺山修司なんですが。
「母殺し」を説きながら、結局死ぬまで、いや、死んでからも母親の執着を逃れられなかった寺山修司。
母親の死後、母親の自分への妄執に気付き、母親を否定すること、憎む事によって自身の心の病を乗り越えることのできた岸田秀。

寺山修司の『さかさま恋愛講座 青女論』(角川文庫)に、寺山修司と岸田秀の対談があります。それで読み返してみたのだけど。母親については触れられていませんね。まぁ、“恋愛講座”という事で、主旨は違うと思うけど。でも、是非、岸田秀と寺山修司が母親について語るってのは読みたかったような気がします。岸田秀の“唯幻論”と「去り行く一切は虚構に過ぎない」と言った寺山修司とは、かなり思想的に似通ってる部分があると思いますし。
いや、逆に、両者にとって母親とは、気軽に対談のテーマにはできないかもしれないとも思いますが。

いや、もう寺山修司は彼岸の人だけど、本田透と岸田秀の対談は是非どこかでやってほしいと思っています。どっかやらないかなぁ…。

|

« 三上寛ワンマンライブ | トップページ | 行きたいところ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92510/3750101

この記事へのトラックバック一覧です: 本田透と岸田秀、そして寺山修司:

« 三上寛ワンマンライブ | トップページ | 行きたいところ »