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2005/04/12

夕凪の街 桜の国

050412夕凪の街 桜の国(こうの史代:著 双葉社:刊)
読了。コミックスです。
トータルとして100ページちょっとの掌編です。しかし、本書は大河作品であります。
3つの短編。『夕凪の街』『桜の国(一)』『桜の国(二)』からなるクロニクル。
昭和20年8月6日。広島に落とされた原爆。
『夕凪の街』それから10年後の昭和30年が舞台。
『桜の国(一)』は昭和62年が舞台。
『桜の国(二)』は平成16年が舞台。
(以下ネタバレ部分ありますので、ご注意)

『夕凪の街』。
平野皆実。23歳の女性。気持ちの優しい女性なのだけど。
表紙の絵、裸足で歩く彼女。気持ちが良くて裸足になってるのかな?と思ったのだけど。
実は、靴が減らないように裸足になっていて。少しでも倹約して、水戸にいる弟に会いに行きたいと思っていて。水戸の親戚の許に疎開していて、被爆をまぬがれ、そのまま親戚の養子になった弟に会いに行くために。

あの、原爆の日。父親を亡くし、妹を亡くし。そして、その場は生き延びた姉も原爆症に倒れ。彼女と母親だけ生き延びるのだけど。
彼女は生き残った事、あの日、助けを求める人を見殺しにしてしまった事、生き延びるために残酷な人間になってしまった事を罪と考えていて。自分は幸せになる資格はないと考えていて。生きている資格はないと思っていて。だから、彼女を愛する人ができても、その愛を受け入れる資格はないと考えてしまって。(そんな事ないのに。絶対…。)

皆実が、彼女を愛する男性から言われた言葉。
「生きとってくれて ありがとうな」

ところで。実は、『ルサンチマン』(花沢健吾 ビッグコミックス)にも、テブハゲメガネのキモメン三重苦の主人公・たくろーが、こういう台詞を女の子から生まれて初めて言われて、たくろーが涙を流すシーンがあります。ゲームの世界の女の子ですが。私的に本当にツボにはまる、感動するシーンでした。いや、『ルサンチマン』と本作を引き比べるのは少々変かもしれませんが…。いや、それを言い出すとアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』最終話、シンジの「僕はここにいてもいいんだ」という台詞ともシンクロしますが。
閑話休題。


その、彼女を愛する気持ちにほだされて、やっと今までの自己否定的な気持ちを吹っ切ることができて、その人の愛を受け入れようとする皆実。でも、その時、被爆の後遺症に彼女は倒れ…。

このお話はまだ終わりません
何度夕凪が終わっても
終わっていません

桜の国(一)。
石川七波と利根東子。七波はおてんばだけど優しい子。東子は大人しくて優しい子。
ふたりはこっそりと、禁じられていた、七波の入院中の弟・凪生のお見舞いに行く。
(このお見舞いの趣向が涙と笑い、両方出てきてイイです)

桜の国(二)。
『桜の国(一)』のお話の直後、引越しで離れ離れになった七波と東子。17年後、ふたりはばったりと再会する。そしてふたりはふらりと家出した七波の父の後を追い、広島へ向かう、と。
そしてお話は、皆実の想いとひとつの輪になる、と。

傑作であります。二読三読をお勧めします。何回か読み直して初めて気付く仕掛けもありますし。ほんとうに短い作品の中に、ニュアンスがぎゅっと詰まっています。
本作は戦争の悲惨さをこれでもかこれでもかと描き、反戦を声高に叫ぶ作品ではないけど、その分、読み返せば読み返すたび、あの、原爆が落とした影が深く、重く、胸に迫ってきます。そして、それと同時に(ここんとこ重要だけど)、とても暖かい気持ちになれます。

東子、七波、そして皆実。本書に出てくる若い女性たち、彼女達の生きる姿、ほんとに愛おしく感じました。

おススメ本であります。

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