2018/08/20

M.2 SSDにしてみました

おととし、久しぶりに自分のPCを大きく組み替えたのだけど。マザーボードはASRockの970A-G/3.1といのにしました。で、マザーボードを眺めてると見たことがないコネクタを見つけて、これなんだろ?と思ってマニュアルを見てみるとM.2というもののコネクタのようです。

ざっくりと調べた限りでは、M.2は規格的にはいろんなデバイスで使えるコネクタのようですが。自作パソコン的にはほぼストレージの接続に使われてるようです。で、ストレージとしての接続はSATA3モードでの接続とSATA Express上のAHCIデバイスとしての接続、そしてSATA Express経由のNVM Express(NVMe)モードでの接続ができるようです。

このNVMeモードでの接続がめちゃ速いそうです。

さて、その前回のPCの大規模組み換え時、CドライブもSSDにしてみました(あと、大容量ストレージとしてHDDも他に2台入ってます)。
で、以前はCドライブは500Gくらいのを載せていたのですが。それまでの使用状況を見る限り、半分も使ってないので、そのくらいあればいいかなと思って、SSDはIntelの540sシリーズの容量360GBタイプ、SSDSC2KW360H6X1にしてみました。

Intelにしたのは私がAMDファンで、CPUやビデオカードはAMDなので、ひとつだけIntel製品を入れてみるのもシャレっ気があっていいかなと思ったのが理由です。もちろん超メジャーメーカーのブランドだから安心して使えるだろうって部分もありましたが。

私はパソコンゲームを遊ぶのですが。Steamの会員になってます。それまではパソゲーというとそう大した数はなくて、たまに買うぐらいのものだったのですが。しかしSteamを導入してほんとたくさんのパソゲーを買うようになりました。Steamは時々大バーゲンをやって、このチャンスに買わなくちゃと思って買うことも多いです。そしてかなり積みゲーにしちゃうのですが。

で、今のゲームだと下手するとインストールサイズが数十ギガになったりするのもあります。んで気がつくと360GのHDDの8割がたはふさがってしまいました。

Steamのクライアントはよくできていて、インストールするディスクの移動やアーカイブ化も簡単にできます。だから、普段は遊ばないゲーム、積みゲーになってるゲームは容量に余裕のあるHDDに移動させておきゃいいのですが。でもそれもなんかめんどくさいし。

で、その爆速というMVMe接続のM.2ストレージを入れてみようかなと。

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2018/07/28

ムーンライダーズ『時代はサーカスの象に乗って'84』

180728

先日出た『Archives Series Vol.10「時代はサーカスの象にのって'84」オリジナル・サウンドトラック』というアルバムを購入しました。1984年にパルコパートⅢで行われた寺山修司原作・萩原朔美演出のお芝居『時代はサーカスの象に乗って』のオリジナルサウンドトラックとか。ムーンライダーズの鈴木慶一作曲・ムーンライダーズ演奏で、初のアルバム化になるそうです。幻の音源。ムーンライダーズはお名前ぐらいしか存じ上げないのですが。

まだ数回聴いた程度ですが、感想など。
いや、楽曲の感想はほとんどありませんが。
ごめんなさい。

『時代はサーカスの象に乗って』、オリジナルは寺山修司率いる演劇実験室◎天井棧敷の演目です。1967年に演劇実験室天井棧敷旗揚げ。そしてその2年後、1969年に天井棧敷は渋谷の並木橋に天井棧敷館という拠点を立ち上げます。地下に小劇場、1階に寺山修司の母・はつが店主を勤める喫茶店、そして2階は劇団事務所という構成の場所だったとか。この地下劇場の杮落とし公演がこの『時代はサーカスの象に乗って』だそうです。

萩原朔美さんの天井棧敷時代の回想録『思い出のなかの寺山修司』によると、この最初の『時代はサーカスの象に乗って』公演も萩原朔美さん演出とか。
萩原朔美さんは演劇実験室◎天井棧敷の旗揚げ当初に入団され、3年くらい在籍していらしたそうです。最初は美少年役として入団し、後に演出をおつとめになったとか。トークショーを拝見した事がありますが、さすがのイケメンさんであります。

『時代はサーカスの象に乗って』は私にとってとても興味深い演目です。
それは昭和精吾さんの影響なのですが。

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2018/07/17

縄文展に行ってきました。

土曜日は上野の東京国立博物館で特別展『縄文-1万年の美の鼓動』(縄文展)を見てきました。

土曜日、午前中のほうが空いてるかなと思って何とか午前中ぎりぎりに会場へ。それでも混んでるようだったらちゃっちゃと諦めて動物園でも行こうかなと思ってました。人ごみは苦手だし、動物も好きですし。
券売の列を見た限りではそう混雑している感じではなかったので、入ってみることにしました。会場もそこそこ混んでいましたが、見るのが困難ってほどではありませんでした。

いや、閑話休題。

縄文時代。いや、私は特に歴史ファンでもないし、縄文時代といっても学校の授業で習う程度の知識しかしか知らないのですが。それもはるか昔のことで、だいぶ忘れてるでしょうし。ただ、ちょっと前、縄文関係の話題とかネットで見かけて、ちょっと面白そうだなナって思って。それで見に行くことにしました。

会場の平成館に入館して。汗まみれだったのでちょっと一休みして汗が引いてから館内へ。上野国立博物館は入場して会場の平成館までちょっと歩くので、レンタルの日傘なんかもあるみたいでした。

縄文時代は館内で配布されてるリーフレットによると紀元前1万1千年から紀元前4世紀のころまで、1万年以上続くそうです。とても長いですな。そして、館内で配られていたリーフレットによると、その1万年も
草創期:前11,000~前7,000年
早期:前7,000~前4,000年
前期:前4,000~前3,000年
中期:前3,000~前2,000年
後期:前2,000~前1,000年
晩期:前1,000~前400年
と分けられるそうです。草創期と晩期を除けばだいたい千年区切りですな。千年単位のお話。有史以降ならいくつもでかいエポックがある年数なのでしょうが。

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2018/07/13

昭和精吾事務所公演『七七火』

先週末は昭和精吾事務所さんの公演『七七火』(なななぬか)を拝見してきました。ライブの回と演劇の回、2回、土日と見てきました。場所は渋谷のサラヴァ東京。

昭和精吾さんは東映のニューフェイスから寺山修司率いる演劇実験室◎天井棧敷に参加された方。「天井棧敷の語り部」「寺山修司の語り部」として当時の思い出話や短歌や詩や劇の一説の朗読をなさっていた方。何度か公演にお伺いして、とても楽しかったです。

しかし、昭和さんは3年前の夏に急逝されてしまったのですが。でも、こもだまりさんやイッキさんたちが跡を継いで、昭和精吾事務所名義で公演を続けていてくれてます。ありがたいです。

最初は土曜日のライブ。
ご出演は
死神紫郎さん、
犬神凶子さん、
蘭妖子さん、
そして昭和精吾事務所の皆さんでした。

死神紫郎さんのライブも久しぶりです。エレアコソロ。さらにパワーアップしていると感じました。歌声が読経のように聞こえてきたりして。
ライブ後のMCで初めて「死神」の由来を知りました。だいぶ前の初見からずっと「なんで死神さんって死神って名前なんだろう?」ってずっと思っていましたが。今回やっと知ったと。

犬神凶子さん。犬神サアカス團のボーカルの方。伴奏が犬神サアカス團の犬神情次2号さんでした。2号さんということは1号さんもいらしたのかしら?
犬神サアカス團、旧バンド名の犬神サーカス団は寺山修司の映画『田園に死す』に登場したサーカス団の名前ですね。

犬神サアカス團さんは対バンで少し聴くぐらいの方なのですが。犬神凶子さんの伸びやかで優しい声、それでアングラというのはとてもよいものです。
昭和精吾さんともいろいろ縁があるそうで、その思い出話も。

そして蘭妖子さん。伴奏の方とおふたりで。蘭さんはもちろん寺山修司率いる演劇実験室◎天井棧敷のちょうベテランいらした方。5月に拝見したシアターPOOでのコンサートでは黒のモーニングコート(?)姿だったのですが、今回は黒のドレス。

蘭さんのちょっとだみ声でとても優しい声も大好きです。
今回やっとこさ蘭さんのCDを初購入。2枚あったうちの1枚だけですが。

そしてトリが昭和精吾事務所の皆さんでした。スペシャルゲストで廻天百眼の方も。
スクリーンに映像を映しながら寺山修司の『犬神』のダイジェスト版も。昭和さんの、犬神の被り物を着けたとたんにまとっている空気ががらっと変わる様子、まだ憶えてます。凄かったです。

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2018/06/25

万有公演『赤糸で縫いとじられた物語』

昨日は新宿御苑のシアター・ブラッツさんで演劇実験室◎万有引力公演『赤糸で縫いとじられた物語』を観てきました。楽日になります。

『赤糸で縫いとじられた物語』。寺山修司のフォー・レディーズシリーズの童話集だと思います。タイトル通り女性向けのメルヘン的な童話集かな。私も持ってるはずなんですが、ちょっと行方不明。どうやら私の持ってるのは寺山没後の再編集版みたいで、オリジナルは別にあるみたいです。
版元が新書館だそうですから、白石征さんが編集された本かしら。白石征さんは寺山修司の本を作るために出版社に入った、というほどの方。寺山修司に関してトップクラスにお詳しい方だそうです。

丸の内線の新宿御苑駅からシアター・ブラッツさんへ。シアター・ブラッツさんは3年前に同じく万有引力公演『夜叉ヶ池』を観てます。スタジオ形式の場所。
今回は久しぶりに万有独自の、整理番号順にお客さんを並ばせて、開演直前に一気に客入れ、そして自由席というスタイルでした。

舞台装置は舞台奥に開くスクリーン。スクリーンは寺山修司の実験映画『ローラ』みたいに幅広のゴムヒモが張られ、開かなくても出入りできるようになってました。上手に一段高くなった場所。下手客席前方にも台。左右非対称なつくり。この左右非対称は『夜叉ヶ池』でもそうだったかな。

胸のところに駅弁売りみたいに木箱を捧げ持った女性。舞台奥のスクリーンには向こう側からの手のシルエットが踊っています。

そしてはじまり。

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2018/06/20

『戦争は女の顔をしていない』

『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:著 三浦みどり:訳 岩波現代文庫)。読了。第2次世界大戦当時、侵略してきたドイツ軍と戦ったソ連の女性兵士(全員がそうではありませんが)の証言集です。

第2次世界大戦当時、ソ連の大勢の女性が戦線で戦ったという話は、ミリタリー本に書かれていたのをちらっと読んだことがあります。映画だと『戦争のはらわた』にソ連の女性兵士たちが出てきたかと。ただ、きちんとした戦記的なものを読んだ記憶はありません。
本書を読んでみたいと思ったのは何がきっかけだったかな?ネットをうろついていて何かを見かけて興味を惹かれたと思うのですが。それで買ってみました。

トータルで500ページ弱、ちょっとした長編小説ぐらいのボリュームです。私はここんとこほとんど小説が読めなくなってきていて、だから、「こういう厚い本、読み通せるかしら?」と思ったのですが。読了しました。
ま、ロシア文学って分厚いってイメージがありますな。同じくロシアの証言集ならソルジェニーツィンの『収容所群島』がもっとボリュームがあるかしら。あれは本書と同じくらいの厚さで何巻にもなってたと思うし。読んではいないのですが。

その厚さ。

「苦悩というのは、秘められた真実にもっとも直接関係をもつ高度の情報だと思う。それは生きているということの神秘に直接関わっている。ロシア文学のすべてがこのことを扱っている。ロシア文学は愛についてより、苦悩について多くを書いていた」(14-15p)

そうか、ロシア文学って「厚くて重い」って先入観がありますが、そういう事なのかなと。ロシア文学は苦悩について書かれている。

とても面白く、いや、「面白く」という表現は違うかもしれないけど、読みました。本書に収められたたくさんの元女性兵士たちのたくさんの証言、ぼっとなるくらいのボリューム。
そのボリュームだからこそ、読み通して自分の中に残ったものは、逆に言えば、自分の中の何かに「フック」したものなのかなぁと思います。
そういう意味での「分厚さ」だったのかもしれないなぁとも思います。

内容としては彼女たちの証言集がメインで、合間合間に作者さんの取材メモが入ります。
戦記的な、どの部隊がどこでどう戦ったかとか、そういう書き方ではありません。彼女たちの記憶を、思い出を、収めていくというスタイルでした。

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2018/06/08

映画監督◎寺山修司2018 Eプログラム

6月2日から昨日の7日まで、渋谷のユーロスペースで「映画監督◎寺山修司2018」という特集上映をやっていました。寺山修司が監督した劇映画、実験映画。そして去年公開された寺山修司原作の映画『あゝ荒野』(前後篇)が上映されたようです。私としては未見の『あゝ荒野』が見たかったのですが、平日昼間の上映という事でそれは無理でした。で、『ローラ』の上映がある昨日の7時40分からのEプログラムを見てみました。この特集上映の最後のプログラムでもあります。

Eプログラムは「実験映画集1」として
『青少年のための映画入門』(1974年/モノクロ/3分)
『疱瘡譚』(1975年/カラー/31分)
『マルドロールの歌』(1977年/カラー/27分)
『ローラ』(1974年/カラー/9分)
『審判』(1975年/カラー/34分)
の5作品でした。すべてブルーレイ版での上映になります。

私が寺山修司と出会ったのは故郷での高校時代、演劇部の部室に転がっていた角川文庫の寺山の戯曲集でした。それでちょっと興味を惹かれ、角川文庫から出てた「さかさま」シリーズのエッセイを読むようになりました。それから夢中になって寺山修司の本を読みました。閉塞感を感じている毎日、そこに既存の価値観を軽やかにひっくり返す寺山の「さかさま」シリーズの語り口。それに夢中になりました。

そういうことで、寺山修司は私の中ではなによりも「エッセイスト」だったのですが。
寺山没後に私は上京して、渋谷だったと思いますが、寺山修司展で寺山の映像作品を見ました。その寺山修司展に上映コーナーがあり、そこで見ました。ただ、もう、何の作品がかかってたかも思い出せないのですが。

それから世紀の変わり目に寺山修司にふたたび傾倒し、たまに寺山修司の作品の上映も拝見しています。

後年も渋谷パルコで上映会があったそうで、私も渋谷で寺山修司の映像作品を拝見した記憶がありますから、たぶんそれじゃないかと。あとイメージフォーラムでも。イメージフォーラムは現在の渋谷より、四谷三丁目時代に見に行ったかな。あと、単発的なイベントでの上映とか、いろいろありました。

私の寺山修司の映画の経験はそんな感じです。
以下、簡単に感想など書いてみます。

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2018/05/29

2018年5月の蘭妖子さんのコンサート

26日の土曜日は、新宿のシアター・POOさんで蘭妖子さんのコンサートを観てきました。
25日と26日の2デイズのコンサートの2日目です。

蘭さんは寺山修司率いる演劇実験室◎天井棧敷に在籍していらした方。トークショーで『大山デブコの犯罪』の思い出話があった記憶がありますから、かなり初期から参加された方かと。
衣装の仕事もなさっていたようで、高橋咲さんの天井棧敷時代をモチーフにした小説『15歳◎天井棧敷物語』にも、針仕事をなさってる蘭さんの姿が描かれていたと記憶しています。

蘭さんのお芝居、コンサートも数回拝見した事があります。寺山没後天井棧敷の衣鉢を継いだ、演劇実験室◎万有引力の公演に参加されていたのを拝見したこともあります。
ただほんと、行きたい行きたいと思いつつ、勤務先が傾いていて手元不如意なこともあり、なかなか行けなくて残念な思いをしているのですが。今回は久しぶりに行ってみようと。

シアター・POOさんも昭和精吾さんの公演とかでおなじみの場所です。寺山系に強いのかな。新宿南口の広い高架道路の脇の、ちょっと猥雑な一角。

お客さんは満員。通路にも椅子を出すくらいたくさんでした。
ややあって開演。

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2018/05/21

朗読劇『プロヴァンスの庭で』

昨日は南阿佐ヶ谷の小劇場・プロットさんで新転位・21さんの朗読劇『プロヴァンスの庭で』を見てきました。

JR阿佐ヶ谷から南阿佐ヶ谷方面にかけて、小劇場をぽつりぽつりと見かけます。「小」とはいえないザムザ阿佐ヶ谷を筆頭に4・5ヶ所、いやもうちょっとあるかな。
なんか妙に小劇場の多い街です。これがお隣の高円寺ならライブハウスなんでしょうけど、阿佐ヶ谷だと劇場。なんでかなと思います。阿佐ヶ谷文士というのを聞いたことがあるから、その流れかな?もうなくなったそうですが、有名なダンススタジオがあったらしくて、その影響かなぁ、とか、そう思うのですが。

その点在する劇場でザムザのほかに行った事があるのは青梅街道沿いのひつじ座さん、LOFT+1ASAGAYAくらいですが。ひつじ座さんは月蝕歌劇団さんや廻天百眼さんの公演とか、LOFT+1ASAGAYAさんは本来はトークショーのライブハウスだと思いますが、演劇実験室◎万有引力さんのアトリエ公演を見に行った記憶があります。

プロットさんはそのひつじ座さんに向かう途中で見かけました。ちょっと人だかりがしていて、なんだろうと思ったら、そこも劇場で驚きました。表はガラス張りで、なかなかにオシャレな感じ。劇場として建てられたのか、それとも他の何か、お店とかだったのを改造したのかはわかりませんが。

ちょっと行って見たいと思いつつ、ずっと行かずじまいだったのですが、今回の『プロヴァンスの庭で』で覗いてみることにしました。

私は寺山修司のファンで、お芝居は寺山修司系の物以外はほとんど行かないのですが。寺山修司の演劇実験室◎天井棧敷の衣鉢を継ぐ演劇実験室◎万有引力をメインに、他の寺山系のお芝居もチョコチョコ見るくらい。

という事で久しぶりの寺山系以外のお芝居でした。

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2018/05/14

『歴史修正主義とサブカルチャー』

『歴史修正主義とサブカルチャー 90年代保守言説のメディア文化』(倉橋耕平:著 青弓社:刊)。近年勃興している「歴史修正主義」の発生を、90年代のメディアとサブカルチャーの動きと絡めて論じている本です。読了。

まず、本書の目次から紹介します。

序章 なぜ「メディア」を問うのか?

  1. 保守言説の広がり
  2. これまでの調査研究でわかっていること
  3. 本書の対象-歴史修正主義と一九九〇年代
  4. 「何が語られたか」ではなく「どこで/どのようにして語られたか」
  5. 本書のアプローチ-コンバージェンス文化
  6. 本書の構成

第1章 歴史修正主義を取り巻く政治とメディア体制-アマチュアリズムとメディア市場

  1. 歴史修正主義の特徴
  2. 歴史修正主義はどこで/誰が展開しているのか
  3. 教科書をめぐる政治運動と右派メディア知識人
  4. 歴史修正主義をめぐるメディア市場

第2章 「歴史」を「ディベート」する-教育学と自己啓発メディア

  1. 「自由主義史観」と「ディベート」
  2. 「歴史」を「ディベート」する
  3. メディアでのディベート表現の展開

第3章 「保守論壇」の変容と読者の教育-顕在化する論壇への参加者

  1. 「論壇」の輪郭と「論壇」の問い直し
  2. 読者の「教育」-読者コーナーのメディア論

第4章 「慰安婦」問題とマンガ-『新・ゴーマニズム宣言』のメディア論

  1. これまで小林よしのりはどう語られてきたか-先行研究と本書のアプローチの違い
  2. 「慰安婦」問題を否定する保守言説の構築とそのメディア特性
  3. 「読者」の扱いと言説空間の構築

第5章 メディア間対立を作る形式-<性奴隷>と新聞言説をめぐって

  1. <性奴隷>の初出をめぐって
  2. 主要新聞報道で<sex slaves>はどのように用いられたか
  3. 批判の「形式」へのこだわり

私が本書をどれだけ理解できたか自信はないのですが、簡単に感想を書いてみたいと思います。
いや、本書は、できる限りわかりやすいように書かれていると思います。「序章」で本書の構成をあらかじめ紹介していますし、各章の最後にも「おわりに」として簡単なまとめを挿入していますし。
そして、このことは、今は私が最も理解しておきたいと思っている、現在進行形のこの世の動きの一つであります。

なお、本書はサブタイトルにもあるように、主に90年代の動きについて紹介しています。
いわゆる「ネット右翼」。ネット時代に右翼的なものが勃興してきたと思っていて、だからネット普及以前の動きより近年のネット時代からの動きが知りたいと思っていましたが。

本書を読むとその動きの萌芽は90年代にあらかた現れているようです。インターネットの普及はそれをバーストしたに過ぎないようです。また、その、90年代の動きがなかったら、インターネットの普及が起きたとしても、また異質な今日の状況になってたのかもしれません。

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