先日浅草ロックさんでのゴトウイズミさんたちのライブで求めたゴトウイズミさんの新譜『純喫茶的シャンソニエ』の事をちょっと書いてみます。
ゴトウイズミさんと出遭ったのは数年前、高円寺ペンギンハウスでの「独唱パンク」だったと記憶しています。お目当ての方の対バンとして。
イイ感じだったので、CDを購入しました。それがそのときの最新アルバムだった『「昭和喫茶にて。」』でした。
それから現在手に入る『私は哀しいアコルデオン弾きなの』と『「ヲルガン座にて。」』を購入しました。
ゴトウイズミさんの音源はAMAZONでの扱いがないのですが。ゴトウイズミさんの日記を拝読すると、高円寺の円盤というお店にCDを卸したという話を見かけて、円盤で探して『私は哀しいアコルデオン弾きなの』と『「ヲルガン座にて。」』を購入しました。高円寺の円盤はインディーズ音源にめっちゃ強いお店のようです。ライブもやっていて、時々見に行きます。
『「昭和喫茶にて。」』と『「ヲルガン座にて。」』は対になるアルバムです。収録曲はほぼ同じ。「『昭和喫茶にて。」』の方が一曲多いかな、そんな感じ。で、『昭和喫茶…』のほうはゴトウイズミさんアコーディオンソロ弾き語り。『ヲルガン座…』のほうは他のミュージシャンさんも加えてのセッションスタイルのアルバムでした。
『私は哀しいアコルデオン弾きなの』はその前作になるのかな?古いぶんむしろゴトウイズミさんの世界のコアな部分が感じられ。
ゴトウイズミさんは広島の方、年に数回上京されて、関東方面で数ステージのライブをなさっているようです。私は1回の上京で1回は見たいなぁと思ってます。(できなかった時もありますが)
そして広島ではヲルガン座というお店をなさっているそうです。いつか行ってみたいと思っているのですが。
(えと、注記ですが。正確には『私は哀しい…』と『昭和喫茶…』と『ヲルガン座…』はゴトウイズミ+アコーディオン名義、『純喫茶的…』はゴトウイズミ名義になってます。ちょとWALKMANがややこしい…)
ゴトウイズミさんの魅力は、うんと浅い部分で言えば「キモカワイイ」でしょうか。「ゴシック&ロリィタ」とも言えるかなぁ。かわいい部分とダークな部分の融合。
「叩き潰されたゴキブリのように 体がふたつになっても這って行くのよ 君の元へ それがほんとのアヴァンチュール」(「アバンチュール」-『私は哀しいアコルデオン弾きなの』収録)なんて歌詞を聴いた時には「良くこんな歌詞思いつくな!」って衝撃を受けましたし、ストーカーの心理を、ストーカーに寄り添ったかたちで切々と歌い上げた『妄想倶楽部』(『「昭和喫茶にて。」』『「ヲルガン座にて。」』収録)を聴いた時にはただただ涙でした。(つまりあたしも少々ストーカー体質故)
そしてその底にあるのは一種の「所在無さ」かなぁ。現世には居場所がない、居心地がない、それを求めても、渇望しても。その、痛みを伴った感覚。そこらあたりが私の琴線に触れるのだろうと思ってます。
私が好きなミュージシャンさんたち、日比谷カタンさんも青葉市子さんもVEXATIONさんも母檸檬さんもそういう部分を持っていると思います。
ゴトウイズミさん、一般性はないかもしれませんが、必要としている方にはとても必要な、難病のおクスリみたいな世界であります。
さて、『純喫茶的シャンソニエ』に話を戻して。
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